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香港 Stranger-01

プロローグ

僕が旅行に出かけたくなる瞬間は2パターンある。
楽しい気分に浮かれて溢れる好奇心を、どこか見知らぬ土地に求めるとき。
息苦しさを感じて遠い所に逃避行を図りたくなるとき。
そして、今回の香港旅行は後者だった。

数ヶ月前、とある会社でバイトをしていた僕は心底日本から脱出したいと毎日考えていた。「君ちょっとおかしいよ」と何度も上司に言われていたし、彼らの言う“おかしいこと”を週3回のペースで惜しみなく披露していた。

すると、2ヶ月ほどであっけなくクビを宣告され、最後の方は在宅ワークのみになった。在宅時、指示が一向に来ないので寝転がって美輪明宏さんの名言などを読んでいたのだが、このウンコみたいな時間によって生成されたバイト代をパーっと使い果たしたくなる衝動に駆られ、気がついたら香港の往復航空券を購入していた。

日本国内で散々おかしい(strange)と言われ続けてきた僕が、海外に渡ってstranger(よそ者)となる。そんな不思議な5日間を記録した旅行記である。

1日目

昨年、1人で台湾に渡った際、日本円を下ろすことを忘れて行ってしまい大変なことになったので、周囲の友人たちから口酸っぱく現金を用意しろと言われていた。
にも関わらずギリギリまで現金の用意を忘れていたため、空港内のATMを利用することに。
これがお金を下ろせる最後の防衛線であるため、「金」と書き込んだ手の甲を掲げて、無事お金を下ろすことができた。

航空券のチェックイン後、ATMのサインを見つけ安心して撮った1枚
焼きビーフンと香港らしい魚の練り物(カレー風味)とカップケーキという、なかなか豪華なセット

僕はLCCしか乗らないし、東京から3時間ほどで行ける台湾しか行ったことないため「機内食」を味わったことがなかった。
が、安いから利用した香港エアラインがLCCではなかったようで、無料の機内食が配られた。夢にして、初の機内食である。

入国前の駆けずり回り

空港と香港市内を繋ぐAirport Expressからの景色

機内食を始め楽しいイベントに心躍らせれば5時間などあっという間である。
無事に香港国際空港に到着し香港の空気を吸う。台湾に行った時のように八角などのスパイシーな香りがすると思いきや、ほぼ日本と変わらなかったことが意外だった。
香港はさまざまな文化が入り混じっているから、特定の香りなどはしないのだろうか。


さて、香港の入国審査を受ける前に僕はしなくてはけないことがあった。
香港からマカオへのフェリーorバスチケット(片道)が無料になるイベントが開催されていたため、これに是非とも申し込みたいと考えていたのだ。
ネットで調べると、何やら空港の入国手続きより前にカウンターへ行かないといけないらしい。その情報を鵜呑みにして、すでに出国審査の長蛇の列に並んでいた僕は突如としてベルトパーテーションを潜り抜けダッシュしてカウンターへ……。
何かまずい事態が発覚して入国審査から逃亡を図るヤバい外国人を見るような、周囲の目線が痛かった。
何とかカウンターに到着し、例の画像を見せるとバスならあると言われバスのカウンターを案内された。フェリーのチケットは売り切れたのだろうか。
バスはバスで当日のチケットしか渡せないらしく、後日ゆっくりとマカオに向かおうと考えていた僕はソーリーと弱々しく呟き、カウンターを後にした。
Have a nice day的な決まり文句を投げかける女性スタッフの笑顔がつらい。

まずここで己の英語力の低さに打ちのめされる。
中学校から英語を学んできたというのに、ほとんど目の前のスタッフの表情や雰囲気から推察することでしかチケットの状況が理解できなかった。(それはそれですごいか)

その後、調べるとフェリー乗り場は市内にあってそこからチケットを発行してもらえるとのことだった。僕は空港で1時間ほど右往左往したのちに、やっと入国審査をパスしたのだった。すでにかなり疲れていた。

香港のインドに住まう喜び

香港にはバックパッカーの聖地と謳われる場所がある。
____重慶大厦 Chung King Mansionだ。
格安のホテルが軒を連ねる巨大なビルであり、香港映画などの作品でたびたびモチーフとなり、南アジアやアフリカ系住民のコミュニティを擁し、2000年代初頭まで犯罪の温床地帯として名を轟かせていた、そんな場所だ。
一言で表せばカオス。そんな複合ビルの一角にあるホテルを僕は何も知らず4泊も予約をとっていた。

まず、ホテルの住所をきちんと確認せず(大体の場所を把握していれば良いと思っていた)香港イチ安い所をとろう🎵と即断で予約した時から全ては始まった。
チェックイン1ヶ月前になって確認すると、思いっきり住所に重慶大厦の字面が入っていることに気づき愕然とした。すでにキャンセル可能期間は過ぎている……。

ホテルのレビューは散々たるものだった。
『bad: 全て good:このホテルを離れられたこと』などという書き込みを目にしたときの僕の心境を想像してほしい。

日本在住香港出身の人に、重慶大厦に宿泊することを告げたら神妙な顔でキャンセルを勧められたことも僕が恐怖する要因だ。 


奥に見えるデカいビルが重慶大厦

ドキドキしながら重慶大厦へ入ると、そこはインドだった。スパイスや何か”すえた”ような匂いから、ヒンディー語の喧騒、店先に並べられたインドの商品などは、僕にインドに来たと錯覚させるには十分な効力を秘めていた。
香港には確かに、インドが存在していたのだ。

エレベーターを使いホテルのあるフロアへ行くと、当たり前のようにターバンを巻いた男とインド系の装飾が僕を迎え入れてくれた。

いい絵!

男に金を払いチェックインをしたのちに、どこからともなく現れた女に案内され、階段やエレベータ、様々なドアを潜り抜けて僕が宿泊する部屋に到着した。今にも落っこちそうなエレベーター内での彼女との雑談が功を奏したのか、Wi-Fiの設定やウォーターサーバーの位置などを親身に教えてくれた。いい人だった。

しかし、あまりにも経路が複雑すぎる。僕は多少方向感覚を持っているから良いものの、迷子になるバックパッカーは珍しくないはずだ。

ドアを開けたらベッドなのだが、そのベッドが結構デカい。窓にはエアコンが備え付けられている。
もはやユニットバスでもない謎設備。トイレでシャワーを浴びるという新体験も重慶大厦ならでは。
テレビはあったがリモコンやボタンが見当たらずつけられなかった。斬新なオブジェと捉えることで事なきを得た。

さて、恐れ慄いていた部屋だが、想定の範囲を大きく逸脱することはなかったため心底安心した。何事も最悪の事態を想像しておく方が良いということも、この旅の教訓であろう。
ただ、備え付けのエアコンにその後苦しめられることになるとは、この時はまだ知るよしもなかった。

Wi-Fiの設定が済むまで
そばにいてくれたから許せてしまう


英語じゃない母国の言葉を話すとき
あなたはどんな声なのだろう

香港らしさとは何か

東洋と西洋の文化が共存する香港はかつてイギリスの統治下でその資本経済を成長させていったことも、現在は中国に主権が渡り特別行政区(一国二制度)となっていることも教科書で習ってきたから知っている。
そして現在、香港の自由が制限され民主化が絶望的だというニュースを見たり、本を読んだりして理解してきたつもりだった。
「香港が、香港でなくなってしまう」との、よく叫ばれているフレーズをただただ日本で聞くだけでなくこの目で確かめたいというのが、この旅行の動機の一つでもあったりしたので、僕は「香港らしさ」を捉えたくて写真を撮り続けていた。

だとしても5日間の滞在である。帰国してしまえば僕には僕の生活が待っているのだから、所詮はstrangerだ。たとえ最後まで香港らしさを捉えきれなかったとしても、strangerの僕が激動の香港の、今この瞬間に立ち会うこと自体に意味があると信じている。

香港名物ワンタン麺。極細麺はコシがあって美味しい。ワンタンの中にはエビがゴロッとはいっている。優しい味のスープが沁みる逸品。
街中で見る香港の旗は大抵中国の国旗と並んで掲げられる。香港の旗は小さくて、遠くからはよくわからない。
中華圏では工事の足場は竹で組まれるのが一般的らしく、東洋的な趣を感じられた
マンゴースイーツ🥭香港でもQRコードでの注文が主流になっていた

人民の旗と並びし香港の
それはいつでも少し小さい


成人用品ストリート

香港の夜道を歩いていると傍にいくつか屋台がある。
台湾の夜市を思わせる雰囲気に心がおどりワクワクしながら覗いてみると、男性器を模した成人用品が所狭しと並べられており、ひっくり返りそうになった。
すぐに去るのも失礼かと思い、何か熟考するフリをしてその場を去ったが(声をかけられなくて本当に良かった)子供も通りそうな普通の道の傍に展開していることに驚きを隠せなかった。
しかも1つや2つではないのだ。おそらく成人用品ストリートなのであろうか、10件ほどの屋台が軒を連ねている。おじさんやおばさんが、チョコバナナやリンゴ飴を売る要領で男性器や女性器っぽいものを売っているのである。

しかし、その成人用品を観察してみるとほとんどが日本製なのだ。カタカナやひらがなが入り乱れたパッケージを横目で確認しつつジャパニーズとしての誇りと情けなさを同時に体験できた。こんな感覚なかなか味わえない。
ふと、台湾で日本のAVが大好きなおじさんに遭遇したことを思い出して、日本はやはり平和なのだと改めて感じた。

他にも成人用品を売る店舗の看板をいくつか見かけたので、おそらく東京でいうところの歌舞伎町みたいな所だったのだと思う。

九種機能回転遠隔自由自在
私はそんな国に生まれた

つづく

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