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読書感想|惨事ストレスとは何か

(2021.01.15に書いたブログ記事を転載したものです)

『惨事ストレスとは何か』 from 河出書房新社

災害時、被災者を救助する消防職員、自衛隊員以外にも医師や看護師、保育士、公務員などあらゆる人が深刻な惨事ストレスを受ける。その実態と対策を生々しい事例を交えて解説する。

本書感想|社会心理学とは何か

本書の筆者は私の大学院時代の恩師である。先生の丁寧な指導のおかげで今の私があるが,その裏でこのような(多忙な)活動に携わっていたことを知る由もなく,先生のすごさにただただ感銘を受けた。

本書は,惨事ストレスとは何かを理解する上で重要なことは言うまでもない。当事者の心理だけでなく,現場での支援,その政策立案など,惨事ストレスにかかわる事柄についてわかりやすく丁寧に教えてくれる。

ここでは本書の研究書としての位置づけについて考えてみたい。

本書は社会心理学におけるボトムアップ型研究の大切さを改めて考えさせられる重要な書籍である。そのことは第22回(2020年度)日本社会心理学会賞出版賞(以下,出版賞)を受賞したことからも裏付けられる。

しかし,その受賞理由(?受賞対象への推薦理由?)の一部に本書の良さを適切に捉え損なっていると思われる文章があった。したがって,ここではその文章への批判(反論)を通して,本書の良さを改めて伝えたい。

まず,本書が出版賞を受賞した理由として以下の4点があげられていた。

  1. 「被災・被害の心の傷」を受ける対象として焦点のあたりにくい被災者・被害者への救済者に焦点を当て,丁寧な記述によりその存在を明るみにしたこと

  2. 問題解決のために積極的に仮説発見的手法を用いていること

  3. わかりやすい表現を用いて,専門家以外の多くの人に知見を伝えようとしたこと

  4. 未知の現象に対して,現場に根ざしながら,そこで発見したことを世の中に発信したこと

このそれぞれに対して異論はまったくない。本書はまさにそのとおりに素晴らしい書籍である。

では,何が問題なのか。受賞理由に記された文章の問題点は2つある。

まず1つ目についてである。

本書は,問題解決のために仮説発見的手法を用いていると評されている。これはそのとおりであろう。しかし,それに続く文章として,「本書で見出された諸問題や仮説が,将来,より洗練されたデザインを用いて実証され,より明白な理論へと昇華していくことが期待される。」とあった。ここに問題がある。具体的には,「より洗練されたデザイン」という指摘である。

「より洗練されたデザイン」とはどういうことか。おそらく,王道的ないしは一般的な社会心理学の立場からみると,現場に出て研究するという営みは,ノイズ(剰余変数など)の多い「未熟な」デザインと見えたのであろう。だから,実験室実験や縦断質問紙調査等のより「洗練された」デザインが必要と指摘したのであろう。つまり,「何が実際の要因なのかわからない」ということである。

しかし,本書を読めば分かる通り,本書は決して「未熟な」デザインではない。先行研究から仮説を導き出し,それを現場で実践しながら仮説を修正し,新たな仮説にする(これを仮説発見的手法と呼んでいるのであろう)。まさに科学的営みそのものであり,「洗練された」デザインである。「惨事ストレスの問題の答えは「現場に落ちている」と感じます」(p.101)と著者も述べているとおり,現場に出たからこそ意味がある研究(知見)を出せたのであり,現場に根ざさない研究(知見)は意味がない。その点を忘れてはならない。

本書の研究が「洗練されていない」と感じたのは,いわゆる研究(実験や質問紙調査など)こそが「本物」で,そうでない研究は「近似」であるという価値基準に基づくものと考えられる。

しかし,そのような価値基準をとらないこともできる。当然であるが,人間の営みは現場にあるのであり,実験室での振る舞いや質問紙調査での回答など研究室にあるのではない。そう考えたとき,本書こそがまさに「より洗練された」デザインで人のこころを明らかにしていると言える。つまり,「より洗練されたデザインがある」という評価は妥当とは言えず,本書こそが「洗練されている」のである。

2つ目に関しても上記と同様のことがあてはまる。

具体的には,本書に対する評価として「収録されたデータの解析手法など,より洗練された適切な手法が別にあるかもしれない」とある。もちろん,心理統計学の進歩は着実に進んでおり,統計学的により洗練された手法はあるのであろう。

しかし,どの解析手法を使うかは目的に依存する。目的に反した,あるいは,適さない手法を使っているのであれば,上記の指摘も首肯できるが,はたして本書の場合は目的に反した,あるいは,適さない手法を使っていたのであろうか。決してそうではない。たしかに心理統計学的には「洗練されていない」手法だったのかもしれないが,本書の目的の範囲内では十分に適切な手法選択であったように思える。ここにも,最新の手法こそが「洗練され」,そうでない手法は「未熟」である,という一般的な社会心理学の立場の価値基準が透けてみえる。

繰り返しになるが,「一般的な社会心理学」の価値基準をとらないで考えることもできるのである。

以上を考えると,本書はまさにこれからの社会心理学(の一つの立場)を考えるうえで非常に価値のある書籍であり(この点は出版賞でも指摘されている),社会心理学的研究を豊かにするうえで一読の価値のある研究である。

一般的な社会心理学が優れている部分は確かにあるであろう。しかし,一般的な社会心理学だけが社会心理学として優れているのではない。社会心理学者はそろそろ革靴からスニーカーに履き替える時期である。本書はそのことを教えてくれる。

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仲嶺真
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