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開催記録|【第1回】Constructing the subject(Danziger, 1990)を読む@オンライン

(2022.03.13のブログ記事を転載したものです)

 先日、『Constructing the subject: Historical origins of psychological research』(Danziger, 1990)についてのオンラインによる読書会を企画いたしました。

 企画の詳細についてはこちらをご覧ください。

 各章の担当者から当日の発表の概要について頂戴しましたので、以下に記載いたします。担当者の小田さん、新原さんにはこの場をお借りして御礼申し上げます。

第1回読書会

参加者:18名
開催日時:2022年1月29日(土)
開催時刻:14時〜17時10分

第1章 Intoroduction

 心理学は、従来、眠れる森の美女の物語(心理科学が扱う対象は完全に形成された状態で存在し、王子(研究者)がそれを見つけ出し、キス(研究)で目覚めさせる)で自分たちを捉えていた。しかし、心理学は、実際にはそのようなものではない。心理学が扱うものは、社会的に構築されている。本書では、このような視点から心理学の研究実践(調査・実験だけでなく、発表等も含めた広い意味での研究活動)を捉えていく。

 研究実践の社会的文脈をとらえるうえで、本書は3つの同心円、すなわち、研究者と被験者が実際に相互作用する実験状況、研究が知識とみなされるための研究者共同体、研究共同体を取り巻く専門的環境というものを考える。このような文脈が心理学の研究実践をどのように作り上げていくのかを検討する。その際、本書では、研究実践がどのように作り上げられたのか(今の規準がどのように成立したのか)を問うために、歴史的な観点から分析を行う。

 研究実践の歴史的な分析を行う際、教科書だけでなく、論文も分析対象とする。というのも、(実験)心理学が登場することには、どのようなかたちで発表しなければならないかという発表慣習がある程度成立していたことから、実際に研究者がどのように研究実践を行っていたのかの情報が論文に記載されているためである。このような歴史的分析を心理学の初期(成立期)に着目して行い、今のような心理学のかたちにどのように行き着いたのかについて明らかにしたい。

(仲嶺真により作成)

第2章 Historical roots of the psychological laboratory

 第2章では、ヴントのライプツィヒ実験室のルーツが、内観・実験・社会的実践の3つに分けて論じられている。

 内観の萌芽はプロテスタント神学の告解に見出され、ロック的な精神哲学の伝統において扱われた。その後、カントによって心理学のアイデンティティに関する重要かつ決定的な貢献がなされた。それは、自然科学および哲学との線引きであった。自然科学との線引きにおいて、カントは数学化を拒む心理学は科学として不可能であると宣言したが、同時に哲学との線引きにおいては、心理学の経験的側面が強調された。ここで、内観の経験主義的な価値が間接的に認められたことを著者は含意しているのだと発表者は認識している。カントの影響下で、哲学によって自然科学を相対的に位置付ける試みがなされ、方法論への意識が高まり、同様の流れが心理学で生じた。カントの思想はその後、大きく2つに分かれていくこととなった。一つは個人を超えた法則を求めるもので、個人の意識を重視する内観の限界を強調するものであった。もう一つは、個人の意識を起点として、経験主義的な新たな学問を発展させる可能性を見出すものであった。従来私的に行われていた内観が、社会的な方法論として技術や目標を共有することとなった。そして、内観という方法と、個人の意識という対象は、相互規定をしていくこととなる。

 心理学の実験は、生理学の実験から直接影響を受けている。18世紀中頃までの物質と精神の二元論的な問いは、18世紀の生理学者たちによって「機能」という観点から定式化されるようになり、「刺激」や「反射」の概念が生まれた。生理学がその対象を「感覚」に拡張した際に、生理学の文脈で心理学の主題を扱う展開が開かれた。ヴントは、15歳上の世代であるデュ・ボア=レーモン、ルートヴィヒ、ヘルムホルツらに大いに刺激を受けた。彼らはヨハネス・ミュラーの弟子たちで、フランスのフランソワ・マジャンディーの背中を追っていた。また、機能を明かす生理学は、当初「構造」を明かす解剖学より低く見られていたが、次第に特定の臓器に限界しないプロセス全体(機能)が着目されるようになり、地位は逆転した。そして、19世紀に上記の生理学者たちのよって実験的手法が確立されると、実験は機能を定式化できるものとして機能にさらに優位な地位を与え、生理学に学問としてのアイデンティティを与えた。

 研究者コミュニティは17世紀イギリスのロイヤルソサイエティに端を発するが、その後19世紀までに各コミュニティにおいて、特化した焦点に基づく局地的なルールが採用されていった。そうした中で、心理学においてヴントの実験室という空間的舞台装置が果たした役割は大きかった。当時のドイツでの教育と研究を結びつける大きな流れに乗り、ライプツィヒ大学は国内2位の大規模な予算を持っていたが、そこから実験室に予算がつき、雑誌が刊行され、博士論文が次々と生み出された。その中で、実験室内で実験者同士の分業が発生した。それは、理論的というよりも実際的な要請に基づくものであった。内観の実験では、反応を歪めないために、助手が必要だった。また、実験機器とその操作方法も互いに融通し合った。研究者間の役割分担は、自然科学の場合と異なり、実験者とデータ源という非対称的なものであった。論文内でのこのような役割分担に言及するための用語は、初めは具体的なものだったが、徐々に抽象化と標準化がなされていった。一方は「実験者(experimenter)」、もう一方は「被験者(subject)」もしくは「観察者(obserber)」に収斂していった。そしてライプツィヒの実験室の方法は、出身研究者によって他大学・他機関にも派生していった。

(小田友理恵により作成)

第4章 The social structure of psychological experimentation

 実験者と被験者の永続的な分業はどのような歴史的経緯で生起したのだろうか。そしてそれは,心理学的探求の社会的実践の他の機能にいかに関連するだろうか。これについて検討するために,本章ではヴントのライプツィヒ実験室,フランスを起源とする臨床実験,ゴルトンの身体測定学的実践の3つに注目する。

 ライプツィヒ実験室と臨床実験の比較から,実験心理学の最初期は,社会的状況としての2つの大きく異なる心理学実験のモデルの発生に特徴づけられることが分かる。ライプツィヒモデルでは,参加者は実験者と被験者の役割のいずれも担う可能性があり,どちらかといえば前者よりも後者のほうが重要であった。臨床実験では対照的に,実験者と被験者の役割は厳格に切り分けられ,実験者のみが実験の重要性を完全に知らされていた。またゴルトンの実践は,研究の対象である能力を孤立した個別の人のなかに位置づける視点を先述の2つと共有していたが,この点において最も妥協がなく,個人のパフォーマンスを先天的な生物学的要因の表出として定義することで社会的影響の可能性を排除した。さらにこの実践では個々の実験エピソードではなく統計的な連なりに注目しており,それによって知識を,統計(学)的性質をもつものとして構築することになった。いずれのタイプの探求的状況も,その状況において共有されていた慣習,そのローカルな変化,知的関心がそれぞれ異なることによってそれぞれの手法に行きついており,知的ゴールと彼らが適用した実践は歴史的・文化的な複合体であった。

 いずれのモデルにも,社会心理学的問題が内包されている。臨床実験では,実験者と被験者の権力の不均衡が実験状況の必要不可欠な特徴となっており,被験者はそのような状況でストレスと不安に影響されることが予想できる。実験の社会的状況が明確な権力の違いによって特徴づけられている限り,より強い,もしくは弱い権力をもつ職に就く人の心理学的応答は,もう一方のものを補完するようになる可能性がある。またゴルトンがはじめた探求のスタイルは,実験者と被験者が実験状況の結果に対してもつ関心の相違によって,実験状況や実験課題の定義に,被験者と実験者で差異が生じる危険性がある。ライプツィヒモデルでは,参加者の間で緊密な相互の理解が築かれていることによって,実験結果が特定の研究グループのメンバーの因習や暗黙の了解に全体的に依存する可能性がある。

 その後のアメリカにおける心理学の発展では,3つのモデルの統合的なタイプが中心となっていったが,多くの心理学者が応用心理学に移行するにしたがって,ライプツィヒモデルは衰退していった。ゴルトン主義のアプローチは20世紀前半に大きく発展したが,この発展を分析するためには,我々は探求的状況の社会的内部ではなく,社会的外部,つまり探求者同士の関係やもっと広い社会との関係に目を移す必要がある。

(新原将義により作成)

第2回について

 次回は、同書の第6章、第8章、第11章を取り上げます。詳細は以下です。皆様のご参加をお待ちしております。

日時

2022年3月26日(土) 14時〜17時

スケジュール

14時〜14時10分 あいさつ等

14時10分〜14時55分 第6章 Identifying the subject in psychological research
── 報告者:太田 礼穂

15時00分〜15時45分 第8章 Investigative practice as a professional project
── 報告者:大門 貴之

15時50分〜16時35分 第11章 The social construction of psychological knowledge
── 報告者:岡南 愛梨


#時間は目安(隙間時間は休憩を予定)

場所

Zoom
|今回から参加をご希望の方は仲嶺までご連絡ください
|事前に参加の心得のご確認をお願いいたします

主催

DigRoom:「心」「人間」「心理学」について考える研究会です。
|本会は,日本心理学会の研究集会等への助成による助成を受けています。
|お問い合わせは 仲嶺 真 abcdigroom[at]gmail.com まで([at]は@に変換をお願いします)
|企画協力:北本遼太、広瀬拓海

お詫びとお知らせ

事前の告知の際には、全3回で開催予定とお伝えしていました。しかし、日程の都合により、今回でDanziger(1990)読書会は終了となります。恐れ入りますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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仲嶺真
ただそばにいることがサポートなのかなと思っています。また見に来てください。気が向いたときにご支援お願いします。