開催記録|【第1回】Measuring the mind(Borsboom,2005)を読む@オンライン
(2021.02.14のブログ記事を転載したものです)
先日,Measuring the mind(Borsboom,2005)を読む勉強会をオンラインで開催しました。
『Measuring the mind: Conceptual issues in contemporary psychology』は,こころの測定(とくにテストや質問紙を利用した測定)に携わる心理学者にとって示唆に富む内容の書籍です。
少し前の書籍ではありますが,現在でも参考になると考えられることから,本書について学ぶ機会をつくりたいと考えました。
活発な議論が行われ,ときには専門的な話にもなりました。各章の担当者から本書の内容の理解の助けになるような概要を頂戴しましたので,以下に記載いたします。
第1回勉強会
参加者:28名
開催日時:2021年2月11日(木,祝)
開催時刻:14時〜17時30分
第1章Introduction
心理学では多くの心理学的概念や,その測定法が存在する。その測定の理論的基礎としては,主として3つのアプローチ(古典的テスト理論,潜在変数モデル,表現的測定モデル)があり,各理論は,「測定とは何か」「測定がどのように行われるか」について根本的に異なった考え方を示している。本書では,これらの違いが心理学的測定において何を意味するのかを検討し,今後の心理学的測定にとってどのような可能性を有するのかについて評価する。
その評価の際には,真偽(測定モデルが正しいかどうか)ではなく,哲学的基盤に基づく必要がある。なぜなら,測定モデルは「正しさ」を評価できないためである。例えば,IQ得点を潜在変数モデル(2因子)で検討し,モデルが却下された場合,否定されたのは2因子モデルであり,潜在変数モデルではない。したがって,測定モデルは,哲学的基盤に基づく合理性(合理的か不合理か)という軸で評価しなければならない。
では,なぜ哲学的基盤に基づいて評価できるかと言えば,測定モデルはある種の科学哲学の道具だからである。ある種の科学哲学とは,理論語(知能,電子,時空など)をどのように捉えているかで分類すれば,実在論とアンチ実在論がある。実在論は理論語で言及されるものが現実に存在し,その存在が科学理論の適切性を左右すると考える立場で,アンチ実在論とはそれらを否定する立場である。実在論を背景とした測定モデルとしては潜在変数理論があり,アンチ実在論を背景とした測定モデルとしては表現的測定モデルがある。古典的テスト理論は位置づけが曖昧であるものの操作主義の考え方に近い(危うい哲学的基盤の上に成り立っているとも言える)。
本書は第2章から第4章でこれらについて個別に評価し,第5章で各理論を一つの枠組みから捉える見方を検討する。第6章は,妥当性という概念と相性の良い潜在変数モデルの枠組みから妥当性について検討する。
(報告者:仲嶺真による概要)
第2章True scores
古典的テスト理論は心理学の歴史の中で,心理学的測定に関する最も影響力のある論説である。しかし,「真値」や「偶然誤差」の意味や解釈は循環論的であり,真値に関する誤解 (真値を構成概念得点と同一視すること) が心理学の言説の中で蔓延している。その問題は,真値が構文的に定義されていることに由来する。
もし古典的テスト理論が,実際の現象を反映したモデルであり,観測得点の期待値が真値に等しく,そしてその前提として誤差の期待値がゼロであるという仮説を立てているとすれば,そのような現象は恐らく観測しえない。この問題に対して,古典的テスト理論では,観測得点の期待値として真値を”定義”し,そこから誤差の期待値がゼロであることを”導出”する。このように,古典的テスト理論は統計的な装置がまずあり,それに適合するような現象を仮説化するような枠組みである。こうして,古典的テスト理論は循環論的になる。そして真値の構文的な定義は失われ,その意味や解釈が不明瞭なものになった。
その一方で,古典的テスト理論から導出される信頼性の枠組みは現在でも広く用いられている。しかし,その信頼性の定義を満たすためには非現実的な思考実験を必要とし,それは私たちの実際の観察とは乖離している。仮に,内的整合性が信頼性の下界を与えるとしても (それは研究者にとって安全策に見えるが),その経験的データから古典的テスト理論の理論的枠組みへの推論は飛躍している。
実際のところ,真値は何を表したものなのだろうか?古典的テスト理論はその枠組みにおいて構成概念を表現する概念的な力を持っていない。実際に,古典的テスト理論が定義する真値と妥当な構成概念得点が異なるような状況を想定することは容易である。また,古典的テスト理論で定義される偶然誤差は循環的で,その意味は現実的には不明確である。
真値は,それが観測されたデータによって定義されるという意味で,操作主義と親和的である。操作主義は,測定対象は測定される前に実在しているのではないかという反論に対し,たしかにその実在を認めながらも,測定装置とは無関係に実在するのではなく,測定手続きと関連した実在としてその対象を認める。つまり,”もし”A方法で測定された”ならば”aが測定される,という傾向的な解釈において,それを認める。
真値もまた,このような傾向的な解釈が可能であり,非現実的な思考実験を放棄することができれば,真値は検証可能なものとなる。しかし,その場合には古典的テスト理論はもはや”測定の理論”ではなく,”傾向性の統計理論”となる。これは心理テストに携わる研究者にとって全く魅力的なものではない。
古典的テスト理論の概念は十分に理解されていない。しかし,心理学の実証的研究のほとんどがα係数を報告しているのはなぜだろうか?おそらくそれは古典的テスト理論のモデルの適用という意味ではなく,得られたデータの一貫性を算出する意味で,経験的には有用なものだからであろう。心理テストの得点を適切に扱うためには,さらに多くのものが必要である。
(報告者:下司忠大による概要)
第3章Latent variables
第3章では,現代テスト理論で使用される潜在変数モデルの理論的位置づけを次の2つの観点から論じていく。その後,心理学研究における潜在変数モデルの適切な利用について論じる。
第一に,潜在変数の実在論的解釈がなければ,潜在変数分析の使用を正当化することは困難であることが議論される。 第二に,実在論的解釈に則れば,潜在変数とその指標との関係は,個人間因果関係として解釈することが妥当であるが,個人内因果関係として解釈することには問題があることが議論される。
被験者間潜在変数モデルは,個人レベルで有効な因果関係を示唆したり,検証したり,支持したりするようなものではない。それにもかかわらず,心理学研究上,個人の心理プロセスを説明するものとして解釈されることは非常に多い。この点を整理するための方略として,個々人のプロセスと被験者間潜在変数の関係を表す3つの類型が提案される。
以上の議論を踏まえると,心理学研究上,潜在変数モデルを適切に用いるために必要なことは,3つの類型に従い個々人のプロセスと個人間の関係を適切な手法で検討し確認すること,あるいは,因果関係の説明を個人内レベルに適用することなく,個人間レベルのものとして適用することである。
(報告者:三枝高大による概要)
次回について
次回は,同書の第4章から第6章までを取り上げて,その内容について学んでいきたいと思います。
日時:2021年3月13日(土)14時〜
ご参加にご興味のある方は仲嶺(nakamine-shin[at]tokyomirai.jp)までご連絡ください。
次々回について
『Measuring the mind: Conceptual issues in contemporary psychology』についての勉強会は次回で終わりです。
次々回(4月)は,「状況論から人間を考える(仮)」というテーマで研究会を開催する予定です。
状況論とは,「頭の中」に認知・感情・学習を閉じ込める人間観を批判し,状況と一体化したものとして人間の幅広い営みを捉えようとする理論です。代表的な書籍としては『状況に埋め込まれた学習:正統的周辺参加』があります。
このような視点は,単に心理学の理論という枠を超えて,私たちの人間の見方の転換を迫ります。次々回の研究会では,状況論を参照しながら,「人間の捉え方」を考える時間を作りたいと考えています。
発表者は広瀬拓海さんです。状況論の系譜に位置づくパフォーマンス心理学や社会物質性という観点から「発達」や「貧困」について検討しています。
詳細な内容が決まり次第,お知らせいたします。ともに「人間をとらえること」について考えられることを楽しみにしています。