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映画「焼肉ドラゴン」みてきた。

なんでこの映画を見てきたかというと、もとからチェックしていたわけではなくて、今年何度目かの「プレミアムフライデーなにそれ美味しいもの(怒)!?」が巡ってきて、今年何度目かに味わう「終わりかけ(終わってから)で気づいて月末にこんな休みとも呼べない休みを設定するお役所仕事のバカさ加減に対する憤り」で舌打ちしたあと、TOHOシネマズのLINEアカウントからプレミアムフライデー向けと見られる「今日だけ15時以降の映画、作品限定で割引するよ」クーポンが配信されていることに気がついて、憤怒の勢いのまま、その日の最終回を予約したのである。

ちなみに私がプレミアムフライデーとやらの恩恵(?)を享受したのは制度始まって以来これが初めてである。べつに早退もなにもしてないので、恩恵というより普通のレイトショー割引で映画みた感じですが。

ついでなので書いておくけど、月末といつのは下請け会社にとっては月末までの納品物のため通常より忙しいのが普通である。月末金曜に会社を半日で退社できるのは、金曜の19時過ぎに電話してきて「あ、これ納品は週明けでいいので」と恩着せがましく土日作業をぶん投げていく発注元の社員さんぐらいのものであろう。E電同様、定着しないままなかったことになるであろうプレミアムフライデーの末路を思えば貴重な体験である。

前置きが長くなりましたが、映画は良作でした。もとは舞台演劇だそうで、なるほどな、という感じ。ほとんどのシーンが路地裏の小さな焼肉店内で展開され、長回しも多く、舞台演劇っぽい。10年前くらい前に初演されたらしいですが、せっかくなので舞台のほうも見てみたいな。この機会に再演しないかな。

真木よう子、井上真央ら、美人三姉妹の演技もよかったし、寡黙な父親役を演じたハゲかっこいい名優、キム・サンホさんや、たくましいオンマを演じたイ・ジョンウンさんの演技も素晴らしかったのですが、私は大泉洋くんの出世っぷりに感慨を覚えました。北海道のローカル番組で朝っぱらから叩き起こされジャージのままヘリに乗せられたりしてた大学生だったのに…

この映画を辛くて気が滅入る作品、という印象から救っているのは、ひとえに大泉洋の力だなと思う。

人気の俳優に惹かれて映画をみにきた観客の半分くらいは、韓国映画とか韓国ドラマを見たことがない人たちだろうから、初めてみるとコリアン社会独特の人間関係の濃さとか儒教的な父権母権の強さとかに引っかかり、不快感を感じるかも知れないなと思うんだけど(私も初めて韓流ドラマを見たときには、儒教文化に裏付けされた親子の関係性の日本との違いにかなり面食らったし、いくつかの作品みるまで、それが共通した社会的価値観であるとはわからなくて、個人的に変な親子だとかへんな上司だとしか思わなかった)、そういう小さな違和感をうまく緩和してるのは、主に大泉洋が引っぱるコミカルなパートだ。話題になった大河ドラマでもそうだったが、特別に笑わせようとしていないシーンでも、彼が演じることで柔らかくなる、というところが稀有なキャラクターだと思う。

彼が演じる哲男という役は、やろうと思えばどこまでもシリアスに、どこまでも痛々しく演じられる役だ。三姉妹の長女であるシズカの幼いころの怪我の原因をつくり、次女のリカと結婚しながらも内心では長女を思い続けてリカを傷つけ、定職もなく昼から酒を浴び、腹がたてばすぐに手が出る暴力的な男。

これは「血と骨」「パッチギ」あたりにも出てくる、ある種の類型的な在日男子キャラで、従来の在日社会を描いた映画では、もう少し痛々しく演じられてきた役柄だと思う。例えばこの役を桐谷健太とか山田孝之、大森南朋、柄本佑あたりが演じることを想像してみると、それぞれいいだろうな、と思う反面どっと重力がかかりそうだ。

これを大泉洋が演じて「しょうもない、ダメな男だけど何故か憎めない」というわりと普遍的な柔らかさ、軽さが加わったことで、一気に映画が「一般の日本人にとっても見やすい」作品になっていると思う。客層を広げるという意味では、これは大きなプラス作用だと思った。作品単体でみると個人的には星五つまではいかないんだけど、間口を広げた功績に対して星一つ増やしてもいいなと思う。

人物造形を含め、リアリズムよりファンタジー寄りになっていることをマイナスと捉える人もいるかも知れないとは思うけど、でもやはり射程を広げた功績を評価したい。その昔「月はどっちに出ている」を観に行ったときは役者さんもツウ好みすぎて映画館ガラガラだったし、「GO」とか「血と肉」あたりだとバイオレンス耐性のない人は宣伝みただけで引いてしまう。そして作品というものは、観ない人には一切届かない

政治的、社会的問題をこれほどオブラートに包んでいる慎ましい作品をSNSで「反日映画」などとくさすアカウントに何千ものイイねがついて、出演俳優への中傷まで展開されている日本の現状を思うと、少しでも多くの「べつに在日問題とか興味ないし」という人が役者に惹かれて気軽に映画を観て、こういう過去があって現在があるんだな、というのを映画のついでに少しだけ頭に入れられることが今いかに求められているのか、考えずにはいられない。

ただしネットで感想を検索してみると、三丁目の夕日系とか大家族ものとして「感動〜ちょっと可哀想なとこもあったけどよかった〜家族の絆泣ける〜♪」的な涙活消費をしてる人もいるし、「哲男最悪!父親ひどい、子供かわいそう!女に主体性なさすぎ!登場人物にモラルがない!」と怒り狂ってる人もいるので、見れば誰にでも伝わる、というものでもなさそうだが…

こういう感想を持つ人たちは一見真逆だけど、理不尽な苦労を知らないという点で共通してそうだなーと思った。泣きながらパンを食べたことのない人に人生の本当の味はわからない、というゲーテのアレ。従って最低限、泣きながらパンを食べたことのある人であれば誰にでもおススメできる映画、と言えるかなと思います。

歴史的な背景などを深く調べたければどこまでも掘れるし、そういう部分に深入りしたくないという人にもそれなりに楽しめる。こういうアプローチは諸刃の剣だとは思うけれど、やはりその間口の広さには価値があると思う。機会のある方は、是非ご覧になってください。

追記:ただし、矛盾するようだけど、上演前に流れた「万引き家族」の宣伝にはめっちゃ違和感ありました。あの映画について全米が泣いた感動作的な宣伝するのはどうかと思う。楽しい歌と可愛いキャラクターで子供客を釣っておいて、トラウマ映画を見せる宮崎駿のようではないか。作品の射程を無視した宣伝は、釣られる客にとっても配給会社にとっても不幸でしかないので、やめたほうがいいと思うよ。

#映画 #焼肉ドラゴン #大泉洋 #コンテンツ会議


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