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「主体性」の哲学、稲盛和夫を中心に 1/4
言われたことをきちんとこなすことが大事だと考える人もいるかもしれない。しかし、稲盛和夫はそれでは足りないと言うだろう。稲盛和夫は、京セラを創業し、世界的なメーカーに成長させた経営者だ。彼の経営哲学の根幹には、「主体性」を重んじる考え方があった。従業員一人ひとりが主体的に判断し、行動することを何よりも大切にしたのだ。
稲盛の「主体性」重視の姿勢は、実存主義的な気づきから芽生えた。稲盛は若いころ、憧れて入った会社に嫌気がさし、辞めようかと考えていた。ある日の帰り道、「故郷」を口ずさんだ時、涙が込み上げてきた。そこで実存的な悟りを開いたのである。
自分を取り巻く環境は厳しい。しかし、その状況をどう受け止めるかは自分次第だと気づいた。周りに流されるのではなく、自ら主体的に意味付けを行い、どうあるべきかを選択する。それこそが人間の自由であり、存在の実践そのものだと悟ったのだ。
そこで稲盛は決意を新たにする。この会社こそが自分の舞台なのだと。自分には素晴らしい仕事があり、それに全力で打ち込む喜びがあると、自分に言い聞かせた。すると不思議なことに、それまで嫌だった会社が好きになり、仕事に面白味さえ感じられるようになってきた。
やがて仕事の喜びを実感し、会社に泊まり込んで熱心に打ち込むようになった。鍋や布団を工場に持ち込み、寝泊まりしながら一心不乱に仕事に没頭したそうだ。そしてついには、ある部門のリーダーとして、当時の赤字企業で唯一黒字を達成する部門を作り上げたのである。
このエピソードが示すように、稲盛は状況の意味づけを自ら能動的に行うことで、主体的に仕事に向き合えるようになった。そこに、彼の「主体性」の原点があった。
稲盛の「主体性」の哲学には、「ジブンゴト化」「自燃性」「分解思考」の3つの要素が含まれている。
第一に「ジブンゴト化」である。自分の仕事に主体的に取り組み、オーナーシップを持つことの重要性を説いた。「自分の会社のように一生懸命に取り組もう」と訓えた。
第二が「自燃性」である。内発的な行動力を持ち、自ら考え実行することが肝心だと述べた。「自らエンジンをかけ続けなければならない」「常に燃え続けること」を強調した。
そしてそれを可能にするのが「分解思考」というスキルである。この3つが稲盛氏の主体性の哲学を構成している。
現代のビジネス社会において、AIの発達で人間の受動性が問われがちな中、稲盛の「主体性の哲学」から学ぶべきことは多い。自ら考え判断し、実行することが何より肝心なのだ。常に周りの環境に反応するのではなく、能動的に課題に取り組む姿勢こそが、真のリーダーシップや高い付加価値を生み出すのである。
ジブンゴト化し、自燃する内発的な行動力を持ち、果敢に投企する。これこそが稲盛が提唱する「主体性」の真髄なのである。周囲の人々に「主体性」を持つことを促し続けた稲盛の姿勢から、我々はビジネスにおける「主体性」の意義を改めて学ぶ必要があるだろう。