キイチビール&ザ・ホーリーティッツというバンドがいた
今から1年前、2021年12月30日まで彼らは確かに存在した。キイチビール&ザ・ホーリーティッツ。長すぎるバンド名は、ボーカルの名前と彼の好きなもので構成されているらしい。ホーリーティッツは爆乳という意味らしいです。私は英語ができないので本当かどうかは知らないです。
略称とかも色々あって、公式の呼び方がどれなのかよく分からないので私はキイチビールとかキイチと呼んでいる。なので本文でもそう表記します。
キイチビールを初めて知ったのは高校生の時で、確かその頃まだ結成1年か2年くらいだったと思う。
BASEMENT-TIMESというSHISHAMOを執拗にブス呼ばわりするサイトがあって、そこで「まだ売れてないけどいいバンド」として紹介されていた。同じ記事にSUNNY CAR WASHなんかも載っていた。ちなみにそのエッヂの効いたサイトはいろんなところと揉めに揉め、今は更新されていない。
私はキイチビール&ザ・ホーリーティッツの曲を初めて聴いた時のことを今でも覚えている。
自分がバンドマンだったら聴けないバンドだ…と思った。
いい曲だ!とかライブで聴きたい!とかよりも先に強烈な「羨ましい」が先にきた。それくらい私にとって完璧な音楽で完璧なバンドだった。敵わないとすら思った。敵わないも何も、私はバンドマンではないのに。ただの一音楽好きに過ぎないのに、彼らが羨ましかった。
私の情緒をめちゃくちゃにしたのが「世の中のことわからない」というタイトルのこの曲。恐らくめちゃくちゃ低予算でMVが作られている。公園で撮ってるシーンに普通に近所の子供映り込んでるし。いいのか?
このバンドは日常の中にある「いい感じ」を切り取るのが尋常じゃなく上手い。本当に上手すぎる。それがめちゃくちゃいい曲たらしめてるし、羨ましいという感情の根源にもなっている気がする。
冬の夕方の公園、商店街、踏切の前。場所のセレクトもなんか良い。PVではメンバーがみんなぼんやりしているんだけどその表情も嘘っぽくない。午後の眠たい空気感と何かを諦めたみたいな表情がメンバー全員無理せず出せるって、もうそれだけで凡人とは違うでしょう。
そういう「いい感じ」な雰囲気の中でこういうことを歌うんだけど、こんな歌詞さ〜〜書ける人そんなに多くないと思うんだよ。好きなんだけど情熱的にするばかりが恋ではなくて、大切なことは僕にも君にも色々あって、そういうことを僕はちゃんと知ってるんですよっていう曲。
こんな些細な感情をここまで解像度高く歌えるだけで最高なのに、彼らはラスサビでまた違うことを言うのだ。
良すぎるだろ
君や僕の大切なものなんて、結局のところ恋の前ではどうだっていいのだ。君の意見など微塵も聞いてないところがまた自分勝手でいい。
どこまでも子供で自分勝手だ。ヘラヘラと、でもちょっと申し訳なさそうに歌われるとつい許したくなってしまう。いいよ会いにおいでよって言いたくなる。
なんかいい。それがキイチビール&ザ・ホーリーティッツの最大の武器だと思う。
売れさせろと世間に噛みつくバンドも、失恋を泣きながら歌うようなバンドも大好き。大好きだけど、こんなにいい感じで「いい感じ止まり」なバンドは、ある意味普通じゃない。
相手に色んな感情を押し付けない。キイチビールの音楽はいつも自己完結で、終わったことを音楽にして見せられているような気持ちになる。勿論これは聴いている側の一方的な意見で、本当は全然違うのかもしれないけど。でもその遠くで楽しそうにしている感じが私を羨ましくさせるんだろうな。
「夏の夜」という曲もそう。なんかいい。
夏の開放感とぴったりな純粋で可愛い歌。貴一くんの歌声はとても柔らかくて軽い。それが良くて、こういう真っ直ぐな歌詞も熱すぎずちゃんと適温で伝わってくる。ちょっとヘラヘラ歌うところも好きだ。あとキーボードがすごい。キーボードがいることで真夏ってより晩夏の夜なんだろうなとか、実は疾走感のある曲にはしたくなかったのかなとか色々考えてしまう。キーボードすごい。
あと何度聴いても「すげー!」ってなるのがサビ。
俺の手を離す?!俺を抱き締めるじゃなくて?!
いつまでもあなたのこと考えてたかったのに?ぶつかったら始まるような甘酸っぱい気持ちにやられてたのに?なんで!
この緩急というか、爽やかな失恋というか、そういうところが本当にすごいと思う。よく考えたらこういうことってあるよね。「僕は君のこと大好きだけど、君はきっと僕のことなんて置いてどこかに行ってしまうんだろう」みたいな。そういう歌詞なら私たち100万回聴いてますよね。そういうタイプの恋を「君はきっと可愛いベイベー 俺の手を離す」で表現するのはさ〜〜すごいじゃん。こんなの羨ましいじゃん。私にはそんな才能絶対に絶対にない。
ここまで私は主にキイチビール&ザ・ホーリーティッツというバンドの良さとして、歌詞を推してきた。この歌詞は当時のギターボーカル村上貴一くんによって書かれていた。
2019年に貴一くんの活動休止が発表された。
茫然自失。だってキイチビールのあの「いい感じ」は貴一くんが作ってて、他のメンバーがにこにこそれに付き合っているようなバンドだから。ていうか貴一くんボーカルだし。貴一くんがいなきゃそれはもうだめじゃん。当時の私は本気でそう思っていた。事実上の解散だ。
違った。キイチビール&ザ・ホーリーテイッツというバンドは終わらなかった。
当時コーラスのみという特殊なパートを担ってたKDという女の子が、ギターを持ち、歌詞を書き、曲を作ると言ってくれた。それは物凄いことで、少しずつ着実に売れてきていたキイチの決断としてたかなりリスキーだったと思う。だって貴一くんは男性だけどKDは女の子で、フロントマンの性別が変わるのはかなり大きなことでしょう。
この「夜明けをさがして」は貴一くんが活動休止を発表してから初めてのシングル。これがもうすごかった。紛れもなくキイチビール&ザ・ホーリーティッツの新曲だった。そんなことある?作詞も作曲もボーカルもギターも変わってるのに?
あ〜〜凄すぎる
この漂う「優しい絶望」は正にキイチビールの音楽だった。でも貴一くんそのままではなくて、KDらしい誠実さと軽やかさが新たに加わっていてそれも最高だった。
こんなの長く付き合った恋人と別れを考えてる女の子そのものじゃん。KDも貴一くんもなんでこんなに解像度が高いんだよ。愛はあるのよ。でも、それでも今は、今だけはそういう風に思い続けられない。幸せに生きてほしいけど自分が幸せにしてあげたいと思えなくなってきている。こういう感情をこんなに上手く表してくれる曲を私は他に知りませんし知らなくていいです。
私はこれまで、このバンドはフロントマンの貴一くんが圧倒的で、他のメンバーはそれを最大限尊重する形でバンドを作っているんだと思っていた。それはバンドにおいて別に珍しいことではないと思うし、そういうもんだと勝手に思っていたのだ。
ここにきてそれは間違っていたと気付いた。キイチビールらしさはメンバーみんなが作っていて、1人がいなくなってすぐに維持できなくなるものではなかった。彼らは私たちの愛するキイチビール&ザ・ホーリーティッツっていようと頑張ってくれた。
でも2021年秋、キイチビール&ザ・ホーリーティッツは解散を発表した。詳しいことは何も語らなかった。でも動員は緩やかに下がっていたし、YouTubeの再生回数を見ても難しい状況にあることは分かっていた。分かっていても、すごくすごく悲しかった。
ラストライブは12月30日に下北沢の小さなライブハウスで行われた。小さなライブハウスでのファイブマンライブ。それが彼らの最後だった。貴一くんは来ないと事前にKDがTwitterで教えてくれた。
正直なんでだよって思った。最後くらいワンマンライブのあなたたちを見せてくれよ。何があったのかなんて知らないけど、最後くらい貴一くんを京都から引っ張り出してきてよ。お願いだよ。私が10代の頃途方もなく憧れたバンドなんだよ、あなたたちはすごいバンドなんだよ。
チケットは即完だった。
2021年12月30日まで彼らは確かに存在した。最後のライブはまるでお祭りみたいだった。解散ライブなのにみんなが楽しそうで、年末の空気感も相まってみんな浮かれて酒ばかり飲んでいた。名前の通り最後までビールが似合う陽気なバンドだった。
そこに出ていた人たちはみんな最高で、私は好きなバンドが増えた。ライブは押しに押して、最後にキイチビールが出てきた時にはもう22時近かった。私は田舎に住んでいるのでその時点で既に終電は走り去っていた。まあいいかと思った。途中で抜けるなんであり得ないくらいいいライブだった。
感動のMCもメンバーの涙もなかった。貴一くんのサプライズ登場もなかった。でも貴一くんがいた頃の曲をやってくれた。それはキイチビールというバンドが結成から今までずっと地続きだったと肯定してくれたみたいだった。
ライブが終わったのは23時過ぎで、私は無事に終電を逃して朝までよく分からないバーにいた。おじさんもおばさんもお姉さんもいい人で、みんなで朝までげらげら笑ってたら始発が動き始めたからみんなで帰った。世間は大晦日でキイチビール&ザ・ホーリーティッツというバンドがこの世からいなくなったことなど誰も知らなそうだった。私は酷い二日酔いでずっと寝ていた。
本当はこのnoteもすぐに出すつもりだった。でもなんか悲しくて、まだ私の中にはキイチビールがいて、上手く書けなかったから放っていた。解散から1年という区切りに書こうと決めて、それが迫ってきたので書いた。
キイチビール&ザ・ホーリーティッツが大好きでした。愛していました。うっすら悲しい私の日々を優しく変えてくれてありがとう。
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