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[読書ノート]12回目 2月23日の講義(第二時限)

講義集成12 1982-83年度 351頁~365頁

今回のまとめ

  • パレーシアの別のあり方としてのディオゲネス

  • 西洋文化の特有のものとしての政治と哲学の関係

  • いわゆる政治哲学が求めたものは不幸な一致だった

 予告通り、一時限分を割愛していますが、内容的には完全にフォローできているのでご安心ください。そのとばした箇所のまとめなどから講義は始まりますが、まとめきる前に突然、ディオゲネスについて取り上げられるところから、スタートさせます。

ソクラテスのもう一人の後継者、ディオゲネス

 プラトンの時代に、【哲学と】政治との関係を定義する別の仕方を見ることができる。考え得る限りで最もプラトン主義から正反対に位置する、キュニコス派〔犬儒派〕。

王権に対して外在的である哲学

 まず〔シノペの〕ディオゲネスについての有名なエピソードについて。ディオゲネスは、(通りすがりの【つまり公共の場にいる】)アレクサンドロス大王に対して「お前は何者か」と質問する。当然、「私はアレクサンドロス大王である」という答えが返ってくる。ディオゲネスは、「私が何者か教えてやろう、私は犬のディオゲネスだ」と言う。――ここに表明されているのは、哲学的な人物像と王権的な人物像との絶対的な外在性〔お互いの共通点のなさ〕。これはプラトンによって提案されていた、哲学者としての王、王である哲学者というものから、まさしく一字一句反プラトン的。

ディオゲネスのパレーシアのあり方

 「私は犬である」という警句に(ディオゲネス自身の言葉として)加わるのは「なぜなら、ものを与えてくれる人たちには尾をふり、与えてくれない人たちには吠えたて、悪者どもには咬みつくからだ」というもの。ここには、政治権力に対する複雑な関係が現れている。ディオゲネスは一方で自分にものを与えてくれる人々に尾をふることで、ある種の政治的権力のかたちを受け入れているのであり、彼はそのうちに取り込まれ、自分もそれを認めている。他方で、吠えかかり噛みつくというのは、彼が自分が権力に対して自由であると感じていて、自分が何者であるか、何を望んでいるか、何を必要としているか、何が本当であり何が嘘か、何が正義であり何が不正か、ということを率直にかつ暴力的に言うことを受け入れている。【補足するなら権力者の前でそのように言うことは危険リスクもあるので】ここには、哲学的な「真実を語ること」のゲーム【=パレーシア】が見られるのだ。
 図式的になるが整理すると、プラトンにおける(君主との)交わりや教育法、また哲学する主体と権力を行使する主体の同一化といった領域に属するような、哲学的な「真実の語り」の[政治的]実践への関係がある。キュニコス派の実例は、(権力との関係の)外在性や、挑戦や嘲弄といったかたちでなされる、哲学的な「真実の語り」の政治的行為への関係がある。

哲学の政治に対する基本的特徴

 (2つのパレーシアの共通の特徴として)哲学的言説というものは、その真実において、また政治という場における、真実を見出すために必然的に行われるべきゲームの内部で、政治的行為というものがどうあるべきか、という点について思いを巡らす必要はない。言い換えると、政治との関係において自らの現実を見出すような「哲学すること」は政治に対してなすべきことを規定すべきではない、ということ。哲学的言説は、政治的行為との関連において、政治という営みとの関連において、政治的な人物との関連において真実を語るのである。私(フーコー)は、【上述のあり方を】哲学の政治に対する反復的、恒常的、基本的特徴と考える。そうした関係は必要かつ基本的なもので、おそらく西洋における哲学と政治的実践の構成要素だが、しかし、それは完全にわれわれ【西洋】の文化に特異な現象であると思う。

【帝国という】新しい時代における哲学の役割

 プラトンのテクストでは、個別的なひとつの歴史的情勢が見出されるが、それ【帝国という単位】は古代ローマ時代の末期まで(8世紀ものあいだ存続し)支配的なものとなる。その際、都市国家という統一体はもはや模範となる形式ではなく、都市国家や市民という統一体それ自体のような政治的単位を考えることはもはやできない。したがって、君主制というかたちでしか考えることのできない権力があるとして、(問題は)君主の手中にあるそのような権力をどうすれば巨大な政治的統一体の全体に分配し、振り分け、階層化することができるのか、になる。

哲学と政治の一致せざる関係の場

 キュニコス派の解決法は、つまるところ、哲学的な真実の語りと政治的権力の行使との関係を、公共の場所へと置き直すものである。キュニコス派の人々は路上の人々であり、アゴラ〔集会場〕の人々。そうした意味では、キュニコス派の人々はやはり都市の人々であり、ローマ帝国までそうした都市の伝統、つまり公共の広場等々の伝統を永続させた人々であると言えるかもしれない。
 一方で、プラトンにとって、哲学的な真実の語りと政治的実践との必然的な、しかし一致せざる関係が生まれる場所は、君主の魂である。
 西洋における政治思想の歴史において、このキュニコス派とプラトン学派が正反対の極性をなしているという事実は非常に重要。すなわち、哲学的言説は、君主の魂に語りかけ、それを訓育すべきものなのか。それとも、哲学における真実の語りは公共の場所にあって、君主の行為や政治的行為に対して挑戦し、対決し、またそれを嘲弄し批判するようなものであるべきなのか。

プラトンの理想(の詳細な分析)

 「正しく本当に哲学している人たちの部類が、政治上の元首の地位につくか、それとも、現に国々において権力を持っている部類のひとたちが、天与の配分ともいうべき条件に恵まれて、真実に哲学するようになるかのどちらかが実現されないかぎり、人類が禍いから免れることはあるまい。」この第七書簡に見られる記述は、もちろん『国家』の忠実な反映。
 哲学者が王となるか、あるいは王が哲学者となるか……一見したところ、ここにはほかならぬ一致についての定義が見出されるかのようだ。しかし、テクストをよく見てみれば、問題になっているのは哲学的言説や哲学的知と、政治的実践との完全一致ではない。問題になっている一致は、哲学を実践する人々と権力を行使する人々のあいだの一致である。
 重要なこと、そして求められていることは、政治権力の主体が、同時に哲学的営みの主体でもあるということ。ここで問題となっているのは、統治するものは同時に、哲学を実践する者でなければならない――その哲学の実践というのは(プラトンにとって)本質的かつ根本的に、ある個人が、ある種の存在様態をもとに、主体として自らを構成する仕方であった。そして、そのような哲学する主体の存在様態こそが、権力を行使する主体の存在様態を構成すべき(哲学する主体の存在様態と政治を実践する主体の存在様態の同一性)、ということ。

哲学と政治との関係がはらむ不幸と曖昧さ

 私たち【ここではフーコーは現代まで含めて言及している】は、哲学的な真実の語りに対して、政治的合理性の内実との一致というような言い方で表明されるような要求がなされてきたのであり、また逆に、政治的合理性の内実の方も、自らがひとつの哲学的教義として、あるいは何らかの哲学的教義から出発してできあがっているという事実によって自らを正当化しようとしてきた。つまり、内容の一致や合理性の同形性イゾモルフイスム、哲学的言説と政治的言説の同一性を求めてきたが、そのような一致は決してあり得ない。

哲学する主体と統治する主体の同一性

 ある正しい政治の仕方に従って他者を統治し得るために、君主の魂は、本当の哲学に従って、本当に自らを統治できなくてはならない――ここに帰結する。その際、哲学をする軸と[政治]を実践する軸の間の幅……線引きの仕方は未決定にしたままでのことである。(フーコーは、プラトンのずっと後の時代の、マルクス・アウレリウスを現実にあった理想的な君主であることに言及する)

今回は以上です。次回はいよいよ弁論術と哲学の違いが話題になります。

私的コメント

 今回は、内容的な難しさよりも「読書ノート」にするのに手間取りました。内容は変えず、しかしかなり構成には手を入れています。フーコーが強調したかったパレーシアに関するポイント、それから哲学と政治に関するポイントが濃密に詰まっていたからでしょう、講義の中では話が言ったり来たりしていますし、読書ノートにおいてもそれを部分的に残してもいます。
 さて、いくつかコメントしなければいけないことがあるのですが……まずは、ディオゲネスについて。私たちは幸運にも、ディオゲネスについて非常に高水準の研究を母国語で読むことができます(山川偉也『哲学者ディオゲネス:世界市民の原像』講談社学術文庫、2008)が……まぁた絶版ですか!? でも電子書籍では定価で買えるようです。ちなみに、私の過去の記事「補遺:アリストテレス」で中心的に参考にした文献です。つまり、山川さんとしては「アリストテレスvsディオゲネス」で話を組み立てているのですが、フーコーは「プラトンvsディオゲネス」を強調していましたね。これはパレーシアを軸にするなら当然のことです。というのは、単純化した言い方になりますが、アリストテレスの哲学にはパレーシアがないからです。アリストテレスの哲学にあるのは、(前回差別化された)学問的知であったり、(次回に差別化される)弁論術的特徴=権力への追従です。だから極端に言うと、アリストテレスは哲学者ではない、とも言えます。いやもちろん、正確には哲学ですよ。パレーシアがなくて、拝金主義で、能力主義という意味で差別的な、言葉の厳密な意味でのアスリート的な哲学です。
 ディオゲネスについて、興味がある方は是非上述の本を読んでいただきたいのですが、短い一つのエピソードを紹介させてください。ある人が、ディオゲネスに「もっとも価値あるものはなんですか」と聞きました。ディオゲネスの答えは「パレーシアだ」です! この逸話は、もちろんフーコーも知ってたでしょう。むしろ、統治性というテーマから自己の統治にテーマを移すきっかけをここに見たのかもしれません。キュニコス派のパレーシアの特徴については、短くしか触れられていませんが、これだけ長く分析してきているプラトン学派のパレーシアと同じ重みを持たせているからこそ、両極と位置付けているのです。
 ただし、キュニコス派のパレーシアを公共の場のパレーシアと特徴付けるのは、もしかしたら狭い解釈かもしれません。たしかに、ディオゲネスは公共の場所(神殿や広場や市場――これらは「無縁」の場であることも興味深い!)にいましたが、帝国の王と同じ立場(あるいはその反転)であるならば、ディオゲネスは世界市民(コスモポリタン)の立場と考える方が自然です。つまり、フーコーの読解では、パレーシアのある種の古い形である都市国家(ポリス)型を維持したのがキュニコス派ということですが、私は、帝国の時代において(ポリスには違いないけれど)一つのポリスではないコスモポリスを示すことで王と対峙したと考えます。
 関連して、権力との関係についても外在性……たしかに外ではあるものの(フーコーも若干気づいているように)権力の内にいながら、別様の統治を示したとも思いますし、その表現方法は「嘲弄」などでしたが、それは反権力というよりは、今で言うバンクシーのようなパフォーマンスです。その背景にはコスモポリタンとしてのデュナステイアがあったと思います。そのようなデュナステイアとは――一種のアナキズムである、というと私の関心に引きつけすぎでしょうか。
 このように位置付けの違いはあれど、フーコーが描く構図は、そのまま同意できます。すなわち、「哲学(と政治の関係)」のあり様として、プラトンとディオゲネスという二人――ソクラテス後継の二つの極があるのです。
 その他、「政治哲学の不幸」については、長くなるのでここではコメントしませんが、フーコーが何度も言い方を変えて強調したのは、政治的言説と哲学的言説の一致は「あり得ない」し、それを一致するものと考える政治に関する諸理論は不幸な結果に帰結したよね、ということであったことはおさえておきましょう。

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松岡鉄久
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