足
我が家は、つい最近、新しい車になった。ミニバンから乗り換えてコンパクトカーになった。新しい車に私は、名前をつけた。小志朗。「こじろう」と読む。これは、この小志朗と、家内の物語である。
家内は小志朗と仲良しである。ガソリン車のミニバンも好きだったが、節約家の家内は、とにかく燃費の良い小志朗を、殊に気に入っているのである。毎日通勤に使い、
燃費がいいの!
を、連発をしている。
私は、そんなに気に入ってくれて、小志朗は幸せ者だよと、ちょっと笑顔になった。
家内は車酔いしやすい体質で、人が運転しているとすぐに酔ってしまう。ハンドルを握ると酔わないようで、したがって否応なしに、私は助手席。家内は運転席の日常が既に20年以上定着している。
週末は、一週間の食糧の買い出しを主な目的に、買い物に出かける。もちろん決まって運転席は家内だ。家内は、節約には前向きだが、人の視線には後ろ向きに過敏だ。
ある日のことだ。スーパーの駐車場についた。ブレーキをかけて車がとまり、シフトレバーをPに入れてそのあと、左足を伸ばして足踏みをするのである。そして言った。
ミニバンの時には、フットブレーキだったのよね。
その時は、なかなか慣れないものだね、と、2人で笑い合った。
そして帰宅時。またもやPに入れた後、左足でひとつ、足踏みをした。
まだ、慣れないね。
家内と私は、笑い合った。
そして次の日も、行きも帰りも、家内の左足は、ありもしないフットブレーキを踏んでいた。それは、その次の日も、翌週も続いた。そんな家内を、私は見守り続けた。
別の日、お茶を沸かした私は、キッチンの電気を消し忘れた。そのすぐ後に家内が風呂場からキッチンに向かう足音がする。
しまった!
私がキッチンに証拠隠滅に向かう前に家内がスイッチを荒々しく切る。そして、
ほら、また、電気がつけっぱなしっ!!
私は、
ごめん、と言いつつ、
自分だって、いつまで経っても左足の空踏みの癖がぬけないよねぇ。
プッ。
表情は変えなかったが、心の中で吹き出しつつほんの刹那、家内の目を見つめた。
すると、
何見てんの !
急に怒り口調で言い返してきた。
ほんっとに、何回行ってもわかんないんだから!
私は今度は、家内に心を読まれないように後ろを向きながら心の中で小声で呟いた。それは、自分もじゃん。
なんか、あるの!
やはり心の中を読まれているようなので、そそくさと私はその場から逃げ出した。
車が変えてからもう二週間以上になるが、家内の左足は、また、見えないフットブレーキを踏んでいる。
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