成長
長女は、この春就職を迎え、自立して独り暮らしを始めている。場所的には、我が家から高速さえ使えばそれほど時間のかかる場所ではないため、何か問題があれば、すぐに車で向かうことができる。そういう意味では、少し安心感は、ある。
長女の職場は、最寄りの電車の駅から山道を歩いて40分ほどかかる。勤務もシフト制で、早朝出勤もあれば深夜業もある。従って車通勤せざるを得ない。だが、からっきし車に疎く、自動車学校入学当時は適正が最低レベル。本気で卒業が危ぶまれた。そういう事実も踏まえると、毎日が心配と言えば心配なのである。
先日の土曜日には、突然電話がかかってきたと思ったら号泣していて、何とか落ち着かせて原因を聞いてみると助手席にGが出没し、怖くて運転できないという。そして私と家内が出動して駆除するという出来事があった。まぁ、そんな風な、手のかかる社会人一年生なのだ。
その長女が、お弁当を自分で作って持って行ったのだと、わざわざ家族LINEで写真を送ってきた。褒めて欲しいのだろう。普通に考えると、殊更に褒めてあげることでもないのだが、なにせ今までの長女からすると、という比較論で、我が家では褒めそやす風潮が大勢を占めた。つくづく、期待値は低い方が相対的に得だという、良い事例だろうと思う。
手のかかる子ほど可愛いとはよく言うが、家内の手のかけようが目に余る。かなりの過保護である。過保護のカホコである。毎日、長女が帰宅しそうな時間に、
もう、帰った?
と、グループLINEにコメントを入れている。私が、
フフッ
などと嘲笑じみた態度を見せようものなら、
あなたは、娘のことが可愛くないの?心配ではないの?
と、追求されることになる。
私は、幸いにしてそこまでバカではないので、見て見ぬ振りを決め込む。やりとりがひとしきり済むまで、黙って様子を見ている。毎晩、そういう感じだ。
昨日の夜もそうだった。長女の帰宅時間になると、家内はまた、LINEにコメントを入れている。いつものように私は冷静を装い、ちょっと時間を置いてから、スタンプを送る。
お疲れ様。ポチッ。
家内がすぐにスマホを覗き、失笑しながら、私に、
か・ほ・ご!
と、のたまわった。
私は、冷静を装ったまま、心の中で小さな声で呟く。
あ・な・た・も・ね!
こうして残暑の我が家は、いつも、更けていく。娘は少しは成長しているのに、家内も私も、過保護なまんま、まったく、成長していない。
※Gとは、いわゆるゴキブリのこと。