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【別れ話】こんなはずじゃなかった。〜彼と私の場合〜
彼の最寄駅のお魚居酒屋。
いつか行こうねと言いながら、結局行きつけの居酒屋へ行っていた。
初めて来店したのは別れ話をするときだった。
あれが最初で最後の入店だった。
開口一番、シミュレーションでは
「冷却期間を置いて考えたんだけど、やっぱりまだ今すぐは結婚できない。でもまだあなたと一緒にいたいから、まだカップルでいたい。」
と伝えるつもりだった。
座るなり言うつもりだった。
間髪いれず、まだ一緒にいたい意志を伝えたかった。
しかし現実では「、、、レモンサワー。」と言った後に少々のだんまり。
私の勢いが一瞬にして鎮火された理由は、
私の目を見ようとしない彼の行動にある。
もうこの顔は、この態度は、この声は、この雰囲気は、
彼はもう別れるつもりでここに来ているのだ。
遡ること1年前。
28歳の誕生日に「好きだけど結婚は考えられない」という理由で前の彼氏に振られた私は人生のどん底にいた。
そんなときに支えてくれたのが今の彼だ。
私が立ち直るまで、次の恋愛に進めるまで待っていてくれた。
「僕は君にそんな悲しい思いをさせない」
そう言って、未練タラタラの不恰好な私が立ち直って普通の人間として生きていけるようになるまで、ずっとずっと待っていてくれた。
彼と家族と友人と時間のおかげで傷も癒えてきた、寒い寒い1月の終わりに彼と付き合い始め
た。
彼の温かくて、いつもバカみたいに私を愛してくれるところが大好きになった。
どんどん寒くなって、温かくなって、暑くなった頃には、
半同棲のような生活も旅行もディズニーランドも将来の話も子どもの話も、何もかも済ませていた。
彼の直して欲しいところや、合わない部分が見えてきたが、私の彼に対する愛情は日に日に増していた。
世界一彼を愛おしく思う夜も、
世界一彼を憎く思う朝も過ごした。
犬も食わない喧嘩もした。
彼の飼い猫が嫉妬して割り入るくらいくっついて過ごした日もあった。
喧嘩するたびに、「彼とは合わない。」と思っていた。彼も同じだろう。
そのたびに彼に
「あなたのそういうところが全く合わない。けど離れないから、どうしたら一緒にいられるか、考えよう」
と伝えた。
彼も応じてくれた。
でもひとつひとつの問題に根本的な解決なんてなかった。
それは偏に「合わない」からだ。
考えていることが「合わない」。
やりたいことが「合わない」。
生活リズムが「合わない」。
愛し方が「合わない」。
結婚に対する考え方が「合わない」。
「合わない」「合わない」「合わない」
合わない尽くめの2人の日々について、悶々と考える時間が増えてきたのは付き合い始めて半年が過ぎた頃。
またいつものようにすれ違いから、楽しくない時間が流れた。
私は「まただ。またこの時間だ。」と思った。
きっと彼も同じことを思っただろう。
結婚したらきっとこの繰り返しなんだ。
それが他人と一緒になるということなんだ。
それが結婚なんだ。
なにか違う。なにか合わない。
そう思いながら一緒に過ごし、少しずつ、少しずつ、自分の譲れる範囲を広めたり、相手の考えに寄せてみたり、そんなことを繰り返して、似た者夫婦になっていくんだ、私たちは。
と、いつものように前向きに、カップルから夫婦になるための考えにシフトチェンジをしようと思った。
ただおかしなことに、今回はどうしても前向きに考えられなかった。
結婚したらこの繰り返しなんだ。
(じゃあなんで結婚なんてしたいんだ?)
それが他人と一緒になるということなんだ。
(お互いにしっくり来てないと感じつつも一緒になる理由はなに?)
それが結婚なんだ。
(そこまでして、私は結婚したいの?)
全ての前向きな考えが、自分によって完全に論破された瞬間、新たな問いかけが溢れてきた。
本当に結婚して良いのか。
本当に彼と結婚したいのか。
本当に私は彼と人生を共にする覚悟があるのか。
本当に彼は私と人生を共にする覚悟があるのか。
小さな疑問はやがて大きな不安になり、大きな不安は迷いに変わり、私はすっかり気持ちが滅入ってしまった。
私のこの厄介な性格を誰にも知られたくなくて、特に彼には絶対に知られたくなくて、不安と迷いを押し隠して、なにも考えず、脳みそを使わずに過ごすようになってしまった。
いっそのこと、私が考え込む前に結婚してしまおうか。もう後戻りが出来ない状況に置いてみようか。
そんなことまで考えるようになってしまった。
何なら、喧嘩するたびに
「じゃあもう結婚する?!」
と言っていたような気がする。
結婚したらこんな喧嘩しなくて済むよ、と言っていた気がする。
完全に「花束みたいな恋をした」の麦くんだ。
打って変わって彼は、なぜか結婚には常に前向きな姿勢に見えた。
それは私の年齢のせいもあったかもしれない。
私が来年の夏に30歳になるから、それまでに結婚しようと思ってくれていたのかもしれない。
あるいは、私のマンションの更新時期も迫っていたから、それも考えていてくれたのかもしれない。…いや、そこまでは考えていないかもしれない。
とりあえず彼からの結婚ムーブに私の気持ちがついていけず、彼と居るだけで罪悪感が募るようになった。
家族や友人は、彼と私の付き合い方を見て、当然に結婚するものだと思っていたので、なかなか相談は出来なかったが、限界に達してしまった。
私のことを昔から知ってくれている古い友人数人と、「私」という人間をつくり上げてくれた母親に相談をした。
私の不安に思っていることと迷いと怖さと、思っていたことを全て話した。
口に出すことで頭の中の整理も出来るし、もうひとりで泣かなくてもいいと思った。それだけで救われた。
いったん吐き出すと、次はこれを早く彼に伝えないといけない気がした。
母親も友人も、「まずは彼に不安に思っていることをしっかり伝えたら?」とアドバイスをくれた。
そうだ、そりゃそうだ。
彼とのことを彼以外の人に「ねぇどうしよう?」と聞いても前には進まないのだ。
母親も友人も話は聞いてくれるしアドバイスもくれるけど「じゃあこうしよう」という提案はもちろんない。
それは私と彼の間にしかない。
早く話さなくちゃ!!
そうとなると、すぐ彼に連絡をし、すぐに話す時間を作ってもらった。
会うなり、様子がおかしい私を見て彼は何かを悟ったのだろう。
私はゆっくりと、自分が今持っている不安と迷いと消極的になってしまっている状況を、全て話した。
3週間、ひとりで考える時間をもらった。
感情に流されずに、事実を元に考えるのに、1人の時間がほしかった。
彼は別れ際に、どうしても私と結婚したいという意思を伝えてくれた。
こんなに合わない尽くめの2人なのに、
まだチグハグ過ぎる2人なのに、
まだスタート地点にも立てそうにもない2人なのに、
彼は何故そんなに私にこだわっているのだろう。
何故このタイミングで、何故そんなに結婚熱が上がったのだろう。
感情と事実が伴っていない状況が、居心地悪い。
好きなのに、好きだけど、
一緒になるのは今じゃない。
今じゃなかったら、今選択を迫られなければ、いずれ自然にくっつく2人だと思っていた。
彼のことは好きだ。大好きだ。これからもずっと一緒に居たい。
でも結婚となると、感情だけで決断が出来ないからもう少し待って欲しい。
文字にすると簡潔にまとまったが、本当はもっとグチャグチャしていた。
良い言葉も悪い言葉もとっ散らかっていて、手の施しようがない思考だった。
とっ散らかった言葉を、彼に提出できるくらいに並べ直し、整え、飾り付けたのが
「冷却期間を置いて考えたんだけど、やっぱりまだ今すぐは結婚できない。でもまだあなたと一緒にいたいから、まだカップルでいたい。」
この文言だ。
時は戻り、この結論まで辿り着いた今、
伝えることが出来る今、
もう目の前に結婚の情熱を持った彼は居ない。
消えてしまったのだ。
どこにもいないのだ。
あぁもう遅いのか。タイミングを逃したのか。
彼もゆっくりと口を開き、結婚に冷めた理由を話し出した。
頭では理解出来ても、感情が追い付かない。
この数ヶ月間、ずっと、思考と感情が、事実と感情がチグハグだ。
全く噛み合っていない。
もう全てに疲れ切ってしまった私は、至ってしまった現実を受け入れようとした。
もうチグハグを継ぎ接ぎして関係を続けるのはやめろよと、もう1人の自分が言った気がした。
「僕たち、価値観が合わなさすぎるんだよ」
彼が発したこの言葉で、目の前の彼に焦点があった。
「そうだね…」
それ以上は何も言えなかった。
何も言わなかった。
彼と別れて2ヶ月。
彼と別れた私。
誰の彼女でもない私。
今までの人生で、彼の彼女でいた期間の方が絶対的に短いのに、違和感を感じながら今も過ごしている。
きっとすぐ慣れるだろう。
と思いながら、今日も「あぁ彼とは別れたんだ」と寝ぼけている自分に説明をしながら、体と頭を起こす。
肌寒い日が続き、今日、電気ヒーターを出し、エアコンのフィルターを洗った。
彼と別れた日は、まだ暑かった。
悲しくて寂しくて泣き焦がれた1ヶ月間で、暑さが和らいだ。
辛くても、悲しくても、立ち直れなくても季節は過ぎていく。
当たり前の現実に少し心が救われた。
彼が飼っていた猫は元気だろうか。
仲良く過ごしているだろうか。
未練がましい思考の中、明日からも生きていかなければならない。
ひとりでも強く生きていく生命力が、今の私には必要だ。
「彼の彼女じゃない私」の期間の方が長いはずなのに、彼の愛を知らなかった私にはもう戻れない。
そうか、恋愛に限らず、仕事も人間関係もなにもかも、こうして経験を積んで、いろんなことを取り入れて吸収して、成長するんだ。
そして経験を積む前の私には戻れなくなるんだ。
何かを得て成長したら普通は、前の自分に戻りたいとは思わないはずだ。
でも私はまだ成長を感じていない。
彼との恋愛を知らない頃に戻りたいと、この辛さから解放されたいと願ってしまう。
辛さから解放されるには、この経験をバネにして、さらなる幸せを掴むしかない。
そうしないと、私の選択が間違っていたことになりかねない。
自分の選択を後悔しないためにも、強く生きて幸せになる必要がある。
彼がいない日が来るなんて、こんな未来、想像していなかった。
でもそれを憂いに思わないよう、
自分の経験として昇華させるために、
明日は今日よりも少し前向きに生きようと思う。
ありがとう、元彼!さようなら!