コトバ泥棒
昔、昔のお話。おじいちゃんやおばあちゃんが赤ちゃんだった頃よりも、
もっとずっと昔の話。
コトバ泥棒は、昆虫や動物や植物などの生物から、すべてのコトバを盗みました。そして、盗んだコトバをすべて人間に与えました。
生物たちはとても困ってしまいました。
コトバを盗まれたから、コトバ泥棒や人間たちに「コトバを返せ!」と言うこともできないのです。
でも、悲しんでばかりはいられません。同じ種類の生物同士で心と心を通じ合わせなければ、生きて行くことさえ難しいからです。
だから、動物たちは鳴き声で、植物たちは風に揺れたときのカサカサという音で会話をし始めました。
そして、昆虫は、その中でもミツバチたちはどうだったのでしょうか。このお話は、その頃のミツバチたちの物語です。
ブーン。ブーン。
あれだけにぎやかだったハチの巣は、もう、羽の音しかしない。
私は怖くてミー姉さんの手を強く握る。
ミー姉さんもギュッと握り返してくれた。
突然、冷たくて強い湿った風が吹く。
手を引っ張られ、私は、巣の中へと連れて行かれる。
そうか、「もうすぐ雨が降る。」って風が教えてくれたんだ。
ミー姉さんは、「雨にぬれるよ」って、私を巣の中に誘ってくれたんだ。
気をつけて見たり、感じたりすることで、分かることってあるんだと
思った。
もしかしたら、コトバがなくても伝え合うことができるかもしれない。
雨はすぐにやんだ。巣の中は蒸し暑かったけれど、外に出てみたらさわやかな風が気持ちよかった。
西の空が赤く染まってとてもきれい。
「明日はきっと晴れるよ」って大空が言った。
今日はコトバを盗まれて、みんな悲しくて仕事ができなかったけれど、“明日こそがんばる。”って心の中でつぶやいた。
ポンポンとやさしく頭をなでられた。でも、気にならなかった。パンパンと肩をたたかれた。何だろう?とは思ったけれど、そのままにしておいた。両肩を持たれて全身を揺すられた。目が完全にさめた。目の前にはミー姉さんのキリッとした顔があった。
“働かない者に食べる物なし。”と言ういつもの口癖を言っているようだった。ミー姉さんは自己流の格言をつくるのが大好きだった。
それをいつも私に聞かせては満足していた。
身支度を終えて相変わらずミー姉さんと手をつないだまま巣から出る。昨日の大空が教えてくれたように、快晴だ。太陽がまぶしくて慣れるまで薄めでいた。遠くで小鳥たちが「チュンチュン」と鳴いている。前だったら、何を言っているのか分かったけれど今はまったく分からなくなってしまった。
少しずつ目を開く。いつもの顔が、今日は輪になって並ぶ。みんなも私たちと同じように手をつないでいる。そして、それは大きな輪になっていく。私たちもそれに加わって輪が完成した。
手をつなぐとなんだか暖かい安心感が伝わってきた。なんだか頑張ろうって強い気持ちが伝わってきた。
「ピー」という隊長のいつもの笛の音が響いた。作業開始の合図だ。そして、みんなで手を空に突き上げる。いつもなら「エイエイオー」というコトバに合わせて一斉に手を挙げるのだけれど、今日はコトバはなかった。
けれど、コトバで合わせていたときよりもピッタリと息があっていたような気がする。
作業開始とは言ってもどうしたらいいのかな?やっぱりコトバがないと何もできないのかな?と考えていたら、ミー姉さんが私の両肩をつかんでニコッと笑ってくれた。
やさしい目が“笑顔のない者に笑顔は集まらない。”と言っていた。
そして、また私の手を引いて飛び立った。
そうか、蜜がたくさん集まっている「蜜源」を探しにいくんだ。とにかく、動かなくては何も始まらない。
私たちは太陽をたよりに迷わないように、今まで行ったことのない場所へを目指した。
初めて飛ぶ空は少し怖かったけれど、ミー姉さんと一緒だから平気だった。
地上をしっかりと見ながら飛んでいたけれど「蜜源」になりそうなところはなかなか見つからない。
探しているうちにどんどん巣からは遠ざかっていた。私は不安になり、だんだん寂しくなっていった。
もう、この方角にはないんじゃないかなと思った。
その時ミー姉さんが、つないでいる手をギュッと強く握ってきた“信じる者は信じられる者”。と言っているようだ。
太陽が真上に来た。私たちの影がゆっくりと地上を移動する。
草木も生えていないハゲてしまった丘が見えた。それをゆっくりと越えたところで驚いた。鮮やかな赤、青、黄色の花々が目の前いっぱいに広がっている。今まで見たことのない広大な「蜜源」があった。ミー姉さんが「ねぇ、信じれば叶うのよ。」という感じでウインクした。
私たちは、お花にご挨拶してからたくさんの蜜を採集した。でも、もちろん私とミー姉さんだけでは、採集しきれない。だから、みんなに伝えるために大急ぎで巣に戻った。
上空から巣が見えた。いつものように働くみんなは、まだ少しだけ元気がないようだった。
嬉しくて、早く伝えたくて、急降下した。
ミー姉さんと私の笑顔に、みんなが集まってきた。
で・・・どうしよう?
どうやって伝えよう。私たちは採集してきた蜜を倉庫に納めなければいけない。でも、私たちの作業が終わるまでみんなを待たせていたら、日が暮れてしまう。だから、今すぐにでも伝えなければならなかった。
ブーン、ブーンと羽の音が合唱していた。
何だ?どうした?というコトバが聞こえてきそうだった。
手を「蜜源」の方角に向けて、あの丘の向こう側って、必死に指して、みんなの顔を見る。
みんなは、顔を見合わせ首を傾げる。ブーン、ブーンっという合唱はまだ続いている。
ミー姉さんがじっと私の目を見る“やさしくない者はやさしくされない。”と、その目は言っていた。
そしてミー姉さんは、みんなに背中を向けてお尻を振り出した。ゆっくり、フリフリと。
あ、お祭りの時の踊りだ。
「ひとっ飛び、ふたっ飛び」と歌に合わせて踊るアレだと思った。「ひとっ飛び」の時にはお尻を早く振って、「ふたっ飛び」の時にはゆっくりと振る。
ミー姉さんはお尻をゆっくりと振って、太陽を見ながら飛ぶ角度を合わせ「蜜源」ある方向を表した。
これなら分かってもらえるかもしれない。
ミー姉さんはみんなの立場になって、やさしく、分かりやすく、伝えようとしていた。
私もミー姉さんと息を合わせてダンスをした。
心の中で歌にしながら。
「♫南西のほうがくの〜」で太陽から見て南西の方向にステップを踏んで、「♫200メートル先に蜜がたくさん〜」でお尻をゆっくりフリフリした。それを2回、3回と繰り返していたら。
空が一瞬暗くなった。
みんなが南西の方角へ一斉に飛び立ったから、太陽がかくれたんだ。
巣からその風景を見ていたら涙があふれてきた。
ミー姉さんと抱き合って、一緒になって喜んだ。
ミー姉さんはまた私の目を見ていた。
その目は“血のつながりよりも心のつながり”って言っていた。
そうだ、心が伝わったんだ。数千匹の家族が今、ひとつになったんだ。
いかがでしたか?ミツバチたちも心を伝えることに成功しました。みんなの心をひとつにした、あの「ミツバチのダンス」は今も実際にミツバチたちの間で躍り継がれています。
コトバを盗んでいったコトバ泥棒の罪はもちろん重いです。でも、こうして新しい心の伝え方が生まれたことでコトバを持っている時よりも、心と心がより親密になりました。それは、生物たちにとっては喜ばしいことだったのかもしれません。だって、思っていることを伝えることに一生懸命だから、ウソとかいじわるとか言っている暇なんかありませんからね。
さて、コトバ泥棒によってコトバを与えられた人間たちはどうでしょう。
ちゃんと、心と心でつながっているでしょうか?
サポートいただけたら なによりワシのココロが喜びます。ニンマリします。 何卒よろしくお願いします。