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三秋縋『さくらのまち』を読んで(ネタバレなし)

今年最初に読んだ小説だが、今年これ以上の出会いはないと悟らせるような小説だった。

めちゃくちゃ面白かった。なぜ話題になってないのだろうと思うくらい。見つかってないだけかとか、自分が小説を読み慣れてないだけで小説ってだいたいこれくらい面白いのだろうかとか、自分の中で何かが変わって今までとは違う「小説を面白いと思う感受性」を手に入れたのかとか、知らないところで話題になっているのかなどと思うくらい面白かった。本当に以上のようなことである可能性はあるし、内容だけで話題になる小説もあまり見たことはないが。

確かに三秋縋の作品は昔から好きだったし、東野圭吾のようなだいたいみんな好きみたいな人を除けば唯一といえる好きな小説家なので自分好みの作品ではあったと思う。でも自分の感性が世間とズレまくってるとも思ってないので、まずは三秋縋作品の魅力と楽しみ方から語ろうと思う。

今回6年ぶりの作品ということで、好きとはいっても他の作品はだいぶ前に読んだ忘れかけのイメージで語ることになってしまうが、三秋縋の作品は共通するパターンがあるのでまずはそれを紹介する。

三秋縋の作品にはだいたい似たような感じの男の主人公が出てくるし、だいたい似たような女の子が出てくるし、だいたい死や破滅、痛みのようなものがテーマとして描かれる。そして、だいたい現実にはないような設定が存在する世界が描かれる。

私はその現実にはない設定を使ってどのような世界が描かれるかが三秋縋作品の魅力だと思っている。ただでさえSF的な設定による思考実験的な世界で普通とはいえない人物たちが物語を作っていく。その世界で起きることと、そのときに登場人物が何を考えてどう行動するか、その構造の設計と何を説明して何を説明しないかという仕掛けが見どころだと思っている。なのでこの作風を楽しむには物語の自然さや登場人物の行動原理への共感などを求めるよりも、状況把握へ思考を巡らせながら登場人物の気持ちのみに共感していくという姿勢で臨むと良いと思う。

そして今回はミステリー要素の強い作品だったのでその良さがかなりマッチしていたと思う。正直「こんなにうまかったっけ?」と思ってしまった。伏線が伏線らしく描かれるのでミステリーにありがちな伏線を張るときの間延びする時間がなかったのもよかった。「あれが伏線だったのか!」のような驚きはあまりないのでミステリー通はどう思うかわからないが、次々と複数の新しい謎の追加と解決が同時進行していく展開は飽きる時間がなくてよかったと思う。

小説の楽しみ方として、それを読んでいる時間が楽しいというものが王道なのであれば、これはその王道をいく作品だと思う。あれは何だったんだろうと思う時間があとから怒涛の回収がされるわけでもなく、謎を残して読了後に考察の余地があるというタイプでもない。わかりやすい伏線の追加と回収の展開が楽しく、次の展開は気になるが一つ一つ謎が消えていくのも、ページが少なくなっていくのも寂しくなるような時間が楽しめた。さらに、心をえぐる展開が多いので謎の解決が幸に転ぶか不幸に転ぶかという不安も、真相は気になるが読み進めることにためらいを感じるという気持ちにさせた。「読んでいる時間が楽しい」という小説の基本的な楽しみ方を思い出させてくれる作品だった。

三秋縋作品ばかり読んでいると一つ一つ設定は違うものの、テーマの一貫性や不思議な男女の物語といった構造の一貫性から似たような作品に感じることもあるが、今回は伏線の構造だけでなく既視感を感じるような展開の仕掛けやダブルミーニングを使った表現などそういった「うまさ」も新しく感じたし、オチのつけ方も以前とは少し違った雰囲気のように感じた。

「不思議な世界の男女」という構図は一貫してるが、設計や表現にはしっかり変化が見られるので次回作も楽しみである。6年といわず早く出してほしい。

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