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書評 - すべてがFになるが、レトロミステリー然としていて面白かったよって話

「すべてがFになる」と言えば、理系ミステリーの名作であり古典としてよくしられているんだが、だいぶ昔に読もうとして挫折していた。
今回はAudible でミステリーは聞けるのかという実験ということで聞いてみたところとても面白かったので紹介。

N大学(他の描写からたぶん名古屋大学)の建築学科の犀川助教授と、同じくN大学の建築学科の学生で前総長の娘の西之園萌絵が、犀川研究室のゼミ合宿で行われるキャンプに行った時に起こる殺人事件の話。
すでに発売から27年たっているようなので、どういう話なのかはすでに多くの書評が出てると思うのでそこは割愛する。

Audible の感想

まずは Audible で聞いてみて感じたのは、声優のうまさだった。キャラクターごとの声の使い分けとその一貫性がとても高いので、声を聞くだけでだれかがわかるようになってくる。これがとてもいい。

男性が朗読していているので、最初は18歳の萌絵の声に違和感があるのだが、数分もすればもう何の違和感もなくなる。また、ミステリー小説によくあるように警察は嫌な感じなのだが、その嫌な警察官も非常によく嫌な感じなので、これもまたとてもよい。

なにより犀川先生の、あの目の前の人と会話しているのではなく自分と話しているような話し方がとてもよく表現されている。これが聞いていて心地よかった。

僕自身がミステリーをそこまで自分で謎解きする目的で読まないので、途中で戻って確認したり、自分でメモを取ったりまではそもそもしていない。なので、ミステリー的な物語を聞くという観点では普段の読書とあまりかわらなかった。という意味で Audible の体験はとてもよかった。

時代性

一方で、時代性を感じるものもいろいろある。たとえば喫煙で、本当にずっとどこでも延々と吸い続けている。この時代のヘビースモーカーってこんなだったのか。学生の車の中でも、コンピューターの前でも当たり前に吸っている。これはなかなか現代では想像もしづらいところである。

また、金持ちの描写も結構時代性を感じている。萌絵は大金持ちの娘なのだが、「赤いスポーツカーを運転する」とか「執事が運転手をしていて車でやってくる」みたいな描写がある。バブルの名残のある表現と言えて、今ならおおよそギャグ的に使われる印象があるが、こちらは真面目に金持ちの表現になっている(その後の伏線かもしれないが現時点ではわからない)。

技術的表現も懐かしさがある。当然に記憶媒体はフロッピーだし、計算器室にtelnetで入るみたいな、この時代ならではの牧歌的というかそういうものがある。端末でメールを読んだりしているのでたぶん emacs で mule とかを使ってるのかなあと思ったりできる。

VRの表現なんかも、最近の方がはるかにリアルで、本の中ではもう少し解像度が低いような描き方がされている感じがある。この辺りも当時のリアリティの違いを感じさせているようであった。

全体としての印象

本で挫折したのは長いというのが結構大きい気がする。そんなにテンポ良くどんどん印象的なシーンがやってくるわけでもなく、比較的硬い話が進んでいく。そういう意味で Audible のハイクオリティな朗読がされるのを聞くというのはちょうどよい楽しみ方だったと言えるだろう。

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