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いのち

「あたし、けっこうやらかしてるの、知らないでしょ?」
「急に何、知らないけど」
一人暮らしのその子の家で、初めて宅飲みしたときのことだ。
「あたしさあ、実は、大学入る前に、遊んで遊んで遊びまくったの」
コツン、と彼女が飲みかけの缶チューハイを机に置いた。
「もう地元で取れる手玉は取れるだけ取って」
「すごいね」
「で、東京来てからさ、判明したんだよね。妊娠してるの」
「えっ」
「当時はまだ上京してさ、慣れないじゃん大学とか。そんな中で妊娠しましたとかほんと最悪すぎて。もう私は何てダメで最悪な人間なんだろうって毎日すごい泣いて。地元に電話したら帰ってきなさいって言われて。しばらく実家に引きこもってたの」
「そうだったの…?」
「産もうかめっちゃ悩んだけど、まあやっぱ育てられないじゃん。だから堕ろすしかなくて。もうほんと辛くて」
「うん」
「それであたし、これからはその子の分もぜったい真っ当に生きる!って決めて。もう全てを浄化しようと思って、地元で本当に大人しく神様に毎日感謝して生きてたの」
「修道女か」
「そうそう、あのあたしが『清貧』を掲げて生きてたわけ。ほんと自業自得なんだけどさ」
明るく笑って話してくれたが、人一倍優しく、感受性が強く、聡い彼女にとって、この経験は相当堪えたに違いない。

この話を聞きながら、私には脳裏にある光景が浮かんでいた。
それは、高校生の時に見た、人工妊娠中絶手術の様子を超音波装置で映した映像だった。
妊娠6週目の女性のお腹には、羊水の中にまだヒトの赤ちゃんというには頼りないような、でも生命体であることがはっきりとわかる胎児がぽっかりと浮かんでいた。そこに突然、パン屋さんにあるトングのようなものが膣の中から入ってきて、胎児をつつき、ぐしゃりと潰す。羊水の中でバラバラになった破片は最後に掃除機のようなもので吸い取られ、手術が終了する。ぼんやりとした白黒の映像であったが、文字どおり“潰される”いのちを見て、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。それと同時にふわふわと身体の感覚が薄れるような、不思議な気持ちにもなった。

この人工中絶手術というのは母体にもかなり大きな負担がかかるらしい。ひとつの生命を身体に宿し、生命をはぐぐむために準備に入ったところから強制的にそれを奪うのだから、当然のことだろう。人工中絶が善か悪か、どちらかだけの立場によることはできないが、胎児はもちろん、妊娠した女性の方にもダメージは大きい。

正直、彼女の身に起きたことは、若気の至りという言葉ではいささか軽々しいことなのかもしれない。でも、20歳にも至らない女子がそれだけのことを決断し、乗り越えたというのはものすごく勇気のいることだとも思う。

「ほんと、あたしってこんな人間なんだけど、いい友達に恵まれたわ」
酔いなのか照れなのか、ほんのり頬を染めているその子が愛おしくて、私はその子のことを抱きしめた。

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