美術表現を通して、inputとoutputのサイクルがある人と社会を創りたい/UMUM【ウムウム】 Founder 田中令さん
様々な物事から感じとりイメージする「感性の力」と、生まれたイメージに形を与える「自己表現の力」。効率、数字、他者の評価を基準にしがちな暮らしの中に、正解のないアートの場を作ることで、人それぞれが独自の感覚と基準をもち、その違いを認め合える創造力あふれる社会を目指し活動されている、UMUM〔ウムウム〕Founderの田中令さんにお話しを伺いました。
■田中令さん プロフィール
出身地:東京都
活動地域:世界中
経歴:多摩美術大学彫刻科卒業、中学高校美術科教員免許取得。数々の人生の難所を美術表現で乗り越えた経験から「自分を表現することの大切さを伝えたい!」という思いで、2006年より保育教育、福祉、医療の現場で3,000名以上の参加者にワークショップやアート企画を開催。活動10年目となる2016年、活動を事業化した<UMUM ウムウム>と、子どもを主な対象としたアートワークショップユニット<コネルテ>を立ち上げる。世界中を訪問しながら、自由な自己表現を引き出す芸術支援活動を実践中。
現在の職業・活動:UMUM Founder / 美術教育研究家 / コネルテ代表
好きな言葉:・「やり切った」って言って死にたい。
・おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい
(樹木希林)
◆inputとoutputのサイクルがあれば、歪みが生まれずストレスも軽減し、ネガティブな社会的現象も少なくなる
Q:令さんの夢やビジョンを教えて下さい。
田中令さん(以下、田中 敬称略):「循環できる人=健康な人」が増えて、結果的に循環する社会ができたらいいなと思います。私にとっての「健康」という言葉の定義は、良いことも悪いこともインプットすると同時に、アウトプットする事ができる状態なんです。この循環があれば、すごく心も健やかでいられると思うんですよね。自分が循環する様になると、人としてしなやかになると思うし、日本人だからこそ、その循環があれば、より素晴しい文化が生まれると感じています。inputとoutputのサイクルがあれば、歪みが生まれずストレスも軽減し、ネガティブな社会的現象も少なくなるのではないかと感じます。
◆私が目指すのは、循環をつくるための美術活動
Q:「循環して健康な社会を創りたい」という夢を実現するために、どのような目標や計画を立てていますか?
田中:今、ワークショップやアトリエなど、子供から大人まで様々な人が表現できる場を作っていますが、大人の方が難しいと感じています。「子供のために美術をやらせよう」と思う大人はたくさんいますが、「自分のために美術をやろう」と思う大人はなかなかいなくて。しかも私がやってるアトリエは、技術を伝えるわけではなく、好きに表現していいんだよ、っていう抽象的なものなので、それを大人に伝えていく方法と場作りが今後の課題というか、目標ですね。多くの大人に参加してもらうにはどうしたらいいかを考えたとき、大人が集まっているところに私が行って場を作ったり、あるいは、コンテンツを映像にするとか、メディアを使うとか、色々やってみたいと思っています。
記者:なぜ大人にも美術が必要だと思うのですか?
田中:子供の心に「表現するって楽しいものなんだ!」という気持ちが芽生えたとしても、次の日に大人が、子供に「うまいね」などと声をかけて評価をしてしまったら、子供はその後、自由に描くことをやめてしまうこともあるんです。子供って素直だから「わあ、楽しい」って感じたら描いてくれるし、どんどん自分が思うように形にしてくれるんですけど、それを継続していくためには、やっぱり大人がそれを意識してないと。私たちは「うまいね」って言われて育っているので、子供にも「うまいね」って言っちゃうんですよね。それが課題ですね。
記者:「うまいね」と褒めることが、マイナスに働くことがあるということですね。
田中:「色がすごくきれいだね」とか、「画面の配置がすごくバランスいいね」とか「すごく元気に描くね」とか「道具の使い方がとても器用だね」とか、その子専用の褒め言葉がもっとあるんですよね。でも、ついつい大人は「うまいね」って楽だから言っちゃうんです。子供は、「Aちゃんは上手い、私は上手くない、じゃあわたし描くのやめる」ってなっちゃうのが、すごくもったいないと思って。だから、子供に対しては、ひとりひとりの良い所をみんなに聞こえるように言ったりしています。そして、制作や表現がうまくいかない壁にぶち当たったら、それを乗り超えられるようなヒントを蒔くようにしています。「この子は何がしたいんだろう? あ!こういうのを形にしたいんだな」とか、「こういう色味を使いたいんだな」というのを見極めて、「こういうのもあるよ」と提案したりしてます。私は、アーティストを目指すための美術活動というよりは、循環をつくるためにやっているので、それでいいのです。
◆アトリエ運営とラボ(研究会)を通して、社会で使える美術表現の可能性を追求する
Q:令さんがFounderを務めているUMUM〔ウムウム〕では、現在どのような活動をしていますか?
田中:活動は大きく分けて3つあります。1つがアトリエの運営です。アトリエの中でも、①乳幼児とお母さんという親子向け、②子供のアトリエ、③大人のアトリエがあります。どれも、参加者は私が用意する画材を使って自由に表現をしてもらっています。でも自由すぎても「何をつくったらいいの?」ってなるので、こちらできっかけになるようなもの、例えば、描画や立体工作、あるいはタイポグラフィなど、毎回ちょっとずつ変えてアトリエを運営しています。
2つ目が「ラボ(研究会)」の運営をしています。その中でも、①アートと子供、②アートとビジネスという2種類があります。「アートと子供」は、子供に関わる大人たちが、子供たちにどういう美術活動をやらせたら、クリエイティビティを育めるんだろう、というテーマでグループセッションをしたり、実際に手を動かして作品を作ってみたり、出来上がった作品で鑑賞会をしてみたりしています。「アートとビジネス」の方は、AI時代が来て、クリエイティビティや感性が大事だと言われてる昨今、「ビジネスにアートが必要です」って言われても、「感性を豊かにしてどうするん?」とか「デザイン思考って結局どこで使うん?」とか「そもそもアートって何なん?」みたいなのがあると思うんです。ならば、いろんな仕事に携わる人たちで集まって、現場の意見からアートが使えるのかどうか、使えるんだったらどうやって使っていったらいいのかを、みんなの意見から探っていきたいなと思っています。
3つ目が、オーダーメイドで、その場のリクエストに応じて場作りをするということをしています。いろんな形があるんですけど、自分が持っているコンテンツを持っていく場合もあるし、先方と話し合いをして1から企画を考えることもあります。
◆誰もが、慣れることで表現することができるようになり、コミュニケーションを深く楽しむようになる
Q:多岐にわたる活動を精力的にされていますが、どのような気づきがありましたか?
田中:「表現することは慣れる」ということに気付きました。毎月コンスタントに場に来ることによって、自分が感じたことを、その場でぱっと表現することができるようになる。慣れもあるし、出していいんだ、と思ってくれる部分もあるし、美術に抵抗がある方でも、慣れて表現できるようになる、というのが本当に嬉しかったです。
そして、特に子供は、一緒に創作活動をしていると仲良くなるのが早いと思います。私は、非言語コミュニケーションだと思ってるんですけど、道具の使い方一つにしてもそうだし、「あ、その色選ぶんだ」とか、「その色とその色を組み合わせるんだ」とか、良い悪いではなく、ひとつひとつがその人を物語っているんですよね。美術表現って自分を表出する行為なので、感覚的につながっているところで汲み取り会えるみたいな部分があるんだと思います。言葉では表現できないものを表現できるツールとして、それこそビジネスで使える可能性は大きいと感じています。
◆たくさんの苦難を乗り越えて、表現することの素晴らしさと出会った
Q:どういったきっかけで、「循環することで健康な社会を創りたい」というビジョンをお持ちになったのでしょうか。
田中:私は、生まれつき足が悪くて、保育園の頃からいじめられてたんです。ずっと入院していたので、周りが当たり前に出来ることが私には全然できなくて。傘で殴られたり、家にイタズラ電話がかかってきたり、万引きを強要させられたり、恐喝された記憶もあって、生きることが本当にしんどかった。だけど、絵を描くことだけは好きで、絵を描いて褒めてもらうことで自分を保つことができました。中学は受験をして私立に行ったことで、ハッピーだったんですけど、高校生になったら、今度は父がアル中になり、自己破産して、家を手放さなければならなくなってしまって・・。借金取りが来る毎日、でも父は全然働けなくて、毎日酔っぱらって帰ってきて、私は、家庭の中でだんだん居場所がなくなっていきました。精神的に追い詰められて、リストカットをしたり、刺青をいれたり、もう母はすごく大変だったと思います。私は毎日死ぬことばかり考えていました。ほとんど高校にも通学できなかったんですけど、美大に進学しようと思って、予備校に行き始めたんです。でもしんどくて行けなくて・・。ある時、カウンセリングの帰りに、「このままいったら、私はどうなるんだろう。どうにかしよう」って思ったんですよね。それが、私のターニングポイントだったと思います。それから、高校や予備校に少しずつ行くようになりました。
記者:たくさんの試練を乗り越えて、ご自分で決断なさったんですね。
高校や予備校に行くようになって、どのように変化されたんですか?
田中:「すごくきれいな絵を描くね」と予備校で褒められたんです。私は当時、自分をすごく汚い人間だと思っていて、作品を描く中で、自分から老廃物みたいなものを出す感覚があり、作品はろくなものではないだろうと思っていたんです。でも、人が感動してくれるようなものになると分かって、「すごい循環って!」って気づいたんです。それで嬉しくなって、楽しくなりました。そして、美大に入学した後、父は亡くなり、法事などで授業を休む日が続いた時に、教授に勧められた追課題で絵本を描いてみることになったんです。「サイクル=循環」をテーマにした絵本で、「人がサイクルを持つと、きっと良い社会になる」みたいな内容の絵本だったんですが、先生にすごく褒められて。それで、私は自分のための表現じゃなくて、人に何かを伝えたり、人間にとって身近なところにある表現にもっとフォーカスしたいんだろうな、と気づいたんですよね。
記者:それは嬉しいですよね。どんどん自分の個性や役割を知るというか。
田中:そうなんです。そこから造形教室の先生や、イベントの企画など人の場づくりにどんどんシフトしていくんですけど、そこでも、美術表現で自分を保つことができました。ところが、大学卒業後、職人の仕事をし始めたら、足の状態が悪化してしまって、2年間入院し、そこで初めて障害者認定が下りました。それも私にとってはショックでした。その時、今の主人と付き合っていて「結婚したいし、出産もしたいのに、2年歩けないのか・・」って。でも、その時も絵を描く事で「まあでも、ワークショップをやる時、障害を持っている人の気持ちが分かるから、広がりがある場が作れるよな」って思ったら、「むしろラッキーじゃない?」って思えるくらいになって。ほんとに凹んだ時には、美術表現で救われた経験が原体験としてすごくあるんです。だから、自分で自分を認める力と、それを表現できる力がみんなに当たり前にあったら、もうちょっと社会が健康になると感じています。
記者:良いも悪いもない。ただ自分の中にあるものを出して(output)、新しいものを受け入れる(input)。その循環がある人が増えることで、社会も健康になっていく。そんな未来を創りたいですね。今日は貴重はお話しをありがとうございました。
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【編集後記】
今回、インタビューを担当した菱谷と杉本です。
令さんは、明るい声と柔和な笑顔、そして、全てを包み込んでくれるような懐が深い雰囲気を持っている方でした。多くの苦難を乗り超えて、美術表現を通して人間と社会の関係性の本質に行き着いたのだと感じました。令さんが描く未来をイメージすると、誰もが自分を表現することを楽しみ、お互いの個性を活かし合う社会なのかなと感じ、私もワクワクしました。表現者である令さんのこれからの活動がとても楽しみです。
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この記事は、リライズ・ニュースマガジン “美しい時代を創る人達” にも掲載されています。