『中論』2:無分別智と言葉の魔術師
『中論』の龍樹は言葉の魔術師であるが、その実態は言語の二元対立を超えた無分別智,非思量、無思量を自由自在に使いこなしていたことを『中論』の文の構造から明らかにしたい。
魔法使いは最初の出会いが大切で龍樹であれば最初の言葉で魔法をかけるのが魔法使いの魔法使いたるゆえんであるから、『中論』の最初の文に注目すべきであるが、ほとんどの読者は「不生亦不滅」に注目しているが、最初の問い「『中論』を書かれた目的」にたいして答えていることに対してほとんど無視いるのであるが、この問答こそ核心を突いているのである。
たしかに八不の偈をいきなり提示した効果は思いどうりの目的をはたした、その目的とは平凡な問答形式であるが「不生亦不滅」の構造と同じ「否定せず、亦肯定せず」の形式であることに注目してほしい。
「否定せず、」とは質問とは内容としては対立反論であるが、表面上は下手にでて質問しているのである。
また答える方も対立否定せず問うものに従順に対応しているのであるが問うものの考えを全面的に肯定していないから「肯定せず、亦否定せず」ということができるのである。
「否定せず、亦肯定せず」の形式は矛盾することや二元対立することのない論理構造であることを理論的に順次明らかにしたい。
この魔法の意味さえ解ければ『中論』の「不生亦不滅」に始まる八不の意味とほとんど同じ形式だから考えることなく論理式を記号で形式どうり数学を解く感覚で解けるのである。
その問答とは世俗的で誰もが考えるまでもなく抵抗もなく納得する常識的な答えであるが深く考えることなく読むことを戒めているのである。
問答の内容を要約していえば、万物は宇宙より生ずるとか、自然界より生ずる、ホコリより生ずるというけれどそれは邪見だというもので、だれもがなんの疑問もなく無視して読み飛ばしてしまう感じで書かれているが、これが大変曲者であることに気ずいた人がどれほどいたのであろうか。
この言葉の内容は鈴木大拙が『金剛経の禅ー禅えの道』で「即非の論理」としてよく知られている考えであり、「『金剛経』の中心思想は、「Aは非Aである、ゆえに、AはAである」との有名な要約がこれまで踏襲されて来たが、このことをいっているのであり「AはAでない、ゆえに、AはAである」を書き換える「Aは非Aである、ゆえに、AはAである」となり、「山は山でない、川は川でない、それゆえに山は山で、川は川である」と鈴木大拙は解説する。
鈴木大拙の「非」の用法としてはAは「山」で名詞として使われており、「非」は接頭語として名詞の前に付いていて「それに当たらない」「それ以外である」といった意味をもっているから、「Aは非A」の「非A」とは論理的には、また龍樹の考えではAはA以外の全ての物、万物という意味である。
この意味の通りに考えれば間違っているわけではないが、完全ではないと龍樹はいい、「AはA以外の全ての物」と言えば「万物は宇宙より生ずるとか、自然界より生ずる、ホコリより生ずる」とは間違っているとは言えないのである。
だから鈴木大拙のいう否定ではなく「肯定が否定で、否定が肯定」といういみに解釈すると理解に苦しむことなり矛盾していると感じることになるから「否定」ではなく「非」が正しく鈴木大拙のいう「即非の論理」で良いということになる。
ただそれでもそんなに単純ではなく「即非の論理」は「即非非の論理」と言うべきであることは「否定の否定は肯定」にならなければ龍樹の「若し一切皆空ならば」「不生不滅」の二重否定にはならないからである。
『般若心経』では「舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。」といい、『中論』の觀四諦品第二十四//四十偈 では「若 一切皆空 無生亦無滅 」と同じ文になっているが両書とも、「若し一切皆空ならば、生も無く亦た滅も無く」といっており、「若し一切皆空ならば」が前提条件として付いていることを無視して通る訳にはいかない。
「若し一切皆空ならば」とは論理式で言えばNOTに相当するのであり、「NOT(不生AND不滅)」と表現され、これだと否定の否定は肯定となり「NOT(生も無く亦た滅も無く)」、「(生も無く亦た滅も無く)ではない」となりド・モルガンの公式を適用すれば、「生であり、または滅である」と変換される。
「若し一切皆空ならば」がなぜNOTであるのか、「空」とは「無」であれば「無」は否定であり論理式のNOTであることになる。
この見えないNOTは姿を隠した龍樹そのものであるが「空」こそすべての二元対立を消し去る論理学のNOTである。
中論 巻第一では「若し一切皆空ならば」とはいっていないが「一切法の不生不滅、不一不異等であり」といい「一切皆空」のところを「一切法」と前提条件を用いているのであり我々が無視しているのである。
論理学さえ解れば単純な形式であるが言葉になおすと少し複雑であるが次回もいろんな例をとりあげる予定であるが、数学の集合論をベン図を用いて宇宙空間的に解説したい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
参考文献
『中論』 ナーガールジュナ
『金剛経の禅ー禅えの道』 鈴木大拙 響林社文庫