お守り
「留学?」
「そう。英語喋れるようになりたくて。」
「いつから?どこに?大学どうするの?」
「質問攻めかい。9月からアメリカの高校に編入するの。大学は一年暮らしてみてから考えようと思う。寂しい思いさせるね。」
そうおどけてみせたのは私の友人で、幼稚園の頃から毎年誰にバレンタインを渡したのか把握しあっている仲だ。
「よく言うよ。そっちこそ、ホームシックになっても帰ってきちゃだめだよ。」
「今まで私が途中で投げ出したことあった?」とにやつく彼女の耳には、今日も校則違反のピアスがこぢんまりと、でも自慢気に輝いていた。中学を卒業した日に、自分で開けたらしい。可愛いけど、体に穴を開ける大胆さも、学校に対抗する勇気も、私は持ち合わせていなかった。
彼女はいつもああだ。興味を惹かれたら飛び込んでいって、自分の糧になるものを手にしてしまう。私はそんな眩しさが好きなのだけれど、同時に少しだけ嫉妬してしまう。私はといえば、自分の行きたい大学さえ見つけておらず、とりあえず周りと同じように、母が望むように、有名どころを受験するのだろう。そんな自分に嫌気が差していた。進路と向き合うべきは私のほうだ。
夏休みに入ると、生活は受験一色になった。
朝から晩まで授業を受けて、自習室にこもってから家に帰ると、玄関の前にパピコを手にした彼女がいた。
「そろそろ私が恋しくなる頃かと思ってね。遅いから溶けちゃったよ。」
ゆっくりとチョコの甘みを舌で転がしながら、昔話をした。
こんな何でもない毎日が、100円で手に入るような幸せが、私は愛おしくてたまらない。でもそれも今日でしばらくお預けだ。彼女は明日行ってしまう。
「そろそろ行こうかな。まだパッキング終わってないんだよね。」
「帰り、首長くして待ってる。頑張れ。私も受験頑張る。」
「本当にやりたいこと、やったほうがいいよ。大丈夫。ひたむきに努力できる人って、知ってるから。」
ああ、やっぱり。彼女は何でもお見通しだ。
名残惜しくて、今じゃないとずるずる夜が更けていくのがわかっていたから、勢いをつけて立ち上がった。
「そういえばさ、ピアス開けたきっかけって何だったの。」
「背伸びしたかっただけだよ。背徳感も味わえた。それにね、それはちょっと自信になったりするの。」
「生まれてこのかたずっと自信に満ち溢れてなかったっけ。」と言うと、またにやついていた。
芝居染みたお別れなんて私たちらしくないとお互いわかっていたから、いつもと同じように手を振った。
自由奔放な彼女にも、人並みに大人の女性への憧れがあったのかと意外に思った。ピアスがお守りのような存在だったことにも。そんな彼女を、より好きになってしまったのは秘密だ。
翌朝、ピアスを開けた。
体に穴を開けるという響きほどの痛みはなく、耳に予防接種をしたみたいだった。
鏡に映るそれを見るたび、私は少しだけ誇らしくなった。
彼女の言った自信の意味はまだわからないけれど、とりあえず参考書は閉じて、好きなもの、やりたいことを一つずつ思い出すことにした。