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麻布事変-8-残念な生き物 〈海に落ちる月・第3部〉

ビデオ会議が終わった後
アキラはTシャツの上に白いダウンコートを羽織った

「クラチにはこれ」

倉田に同じブランドの色違い、黒いダウンコートを渡した
かなりの高級ブランドなのだろう
細身のシルエットなのに冬山に行けそうなくらい暖かい

「移動はクルマだからあまり着込むと暑いよ
 寒かったら買ってあげる」

小さなフィアットを借りてきて、運転手もつけず珍しくアキラが運転するという
そしてクリスマスに浮かれている街へと走り出す

「デートみたいだね!」

「違うし!」

口喧嘩しながらも、倉田はこうして兄弟二人で遊びに出たことがないことに、改めて気が付いた

「原宿に言ってみようか」

「女子かよ」

「竹下通りとか、変わっちゃったんだろうな」

竹下通りの入口でモニターに手を振ったり、大きな綿あめを食べたり、人気のショップを冷かしたり、中高生のときにできなかったことを次々にやってみる

「クラチ、これ似合うよ!」

表参道のブランドショップでは倉田にあれこれ着せては面白がる

「これはないだろうよ、てか、レディースじゃねえの?」

「あはは、ごめんて、こっちならどうだ?」

そう言ってまた面白そうな服を持ってくる

しばらくすると、倉田が山のようなショップの袋を抱えて歩く羽目になった

「あんたも少し持てよ」

「だって、全部クラチのだよ」

「誰がこんなに買えって言った」

小さな革製品のセレクトショップの前で倉田は立ち止まった
神野に買ったキーケースがあった店だ
あのキーケースもウインドウに並んでいる

「何? キーケース欲しいの、同じの持ってるよね」

「いや、前に買ったときより高くなってたから、ラッキーだったなって思っただけだ」

「為替の関係かな」

倉田は通り過ぎようとしたが、アキラは店に入っていった

「買っちゃった、これでお揃いだね」

小さな箱を持ってニヤニヤしながら店から出てきた
倉田は苦笑いした

「神野くんともお揃いだね」

耳元で囁かれて倉田はびくっと振り返った

「あ、やっぱりそうだったんだ」

「くそっ、変な誤解すんなよ」

「誤解なんてしてませんけど」

アキラはすねたカノジョみたいな台詞を言った

「なんなんだよ、めんどくせーな」

倉田はカレシみたいな台詞を返した
そんなことすら面白いようでアキラはけらけら笑っている

荷物をフィアットに詰め込むと、ルパン3世のクルマみたいになった

「あはは、お宝だ!」

大きな口を開けて笑うアキラにつられて倉田も少し笑う

いつしか日が沈みイルミネーションが灯りだす

キラキラと光る欅並木の中に溶けていく二人の影は、恋人にも見える
アキラは倉田の腕に腕を絡ませ、嬉しそうに歩いた
いつもなら振り払うのだが、そのままにしておいた

他愛もない会話が、二人にとってはむしろ新しい
偽りが入る必要のない会話
アキラは生き生きと話し、子供のように笑っていた

嘘をつきすぎてどれが本当か分からない人だ
せめていまだけでも、その笑顔が本当であってほしいと願う

(綺麗なのになぁ)

倉田はその笑顔を見ながら思った

(残念な生き物図鑑に載せたいね)

すごく綺麗なのに性格がひどくねじ曲がった生き物


アキラの携帯が鳴った

カオルアキラちゃん」

「こんばんわ、奥様」

「あの人の件、うもういったばい」

「そうですか!
 嬉しいなぁ」

「なんか、会合の後に少しだけならって」

「場所はいつもの?」

「六本木のインターコンチね」

「時間は?」

「10時くらいになるって言いよった」

「ありがとうございます」

カオルアキラちゃんも来ると?」

「もちろん、行きますよ」

「そりゃ楽しみやなあ」

「僕もですよ」


少し離れた場所で、楽しそうに電話をしているアキラを見ながら、倉田は考えていた

(今日は妙にテンション高かったな)

輝く並木から降り注ぐ光はシャンパンゴールドの粒
その中に立っているアキラはまるで映画のワンシーンのようだ

(アイツが若い頃にここらを歩いてたら、絶対スカウトされてたろうな
 両親が生きてたら華やかな世界に…)

そのとき、倉田は気が付いた

(あれ? いや違う、逆だ)

あの見た目なら有名人になる方が簡単だ
モデルだってタレントだってやろうと思えばできたのに、誘拐するみたいに連れてかれて、ずっと隠されてた

ホストのような夜の世界はイイ
会社を作って成功するのはイイ
だが、誰にでも顔を知られるような職業はマズイ
有名になったらマズイことがあるのではないか

いや、それでも、人を殺してまで…

(だめだ、まだ分からないことが多すぎる
 それに俺が気付くようなことを、本人が気付かないわけがない)

何故、言わない
それは言っても無駄だから
または、コトを悪化させるから

(俺はただの足手まといってことか)

その結論に倉田はいまは沈黙することにした

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