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海に落ちる月-35-エピローグ

神野のターン

41階の俺の寝室はまだカーテンを付けていない
満月の光が煌々と差し込むままにしている

俺はベッドに半身を起こし、ぼんやり月を眺めていた

退院して5日ほど経つが、まだだるさが残っている
夢の続きを見ているような気がしていた

倉田はやはり、あれきり連絡がない
あの黒革のキーケースを開いてみたが、俺の部屋のキーしか入ってなかった
あんなご都合主義な夢が、正夢になるわけないか

倉田が残した呪文は「ルーラ」
あいつが何をしようとしているのか話す気はないようだ
俺は宿屋のおやじになって待つしかない

津田に言われた言葉が堪える
「本当に憎んでいるなら、自分の手を汚すべきでしょう」

確かに俺は親父を憎いと思った
だが「ナツを傷つけたのが許せなかった」はキレイゴトだ
俺は親父がナツに触れたことが許せなかった
ただの醜い嫉妬だ

けれど
「あの人が死んだって、起きたことは変えられない」
そう言ってナツが泣いたとき、俺は何もできなかった
ナツの傷は新しい記憶で、埋めていくしかないことに気付かなかった
俺がやるべきことは姑息な犯罪なんかじゃなかった

ノックの音がして返事をする前に扉が開いた
そんなことをするのはナツだけだ

ナツは微笑みながら俺の横に座った
俺の顔を両手ではさみ、唇を近づけてくるが、小刻みに震えているのが伝わってくる
しょぼくれてる俺を励まそうとでもいうのか

俺は笑って小さな頭を胸に抱えた
「同情でキスされても嬉しくないよ」
髪をなでると、恥ずかしそうに俺を見上げた

ナツにとってはファーストキスだ
もっとロマンチックな時と場所がいいだろ

「月が綺麗ですね」
俺の言葉に不思議そうな顔をして窓の外を見る
やはり知らないか
「後でググってごらん」
ナツは小さく頷いた

「みんなに迷惑かけちゃったな
 もう大丈夫だよ、明日からはちゃんと働くさ
 コスメの案件もいっぱい来てる
 ナツにもがんばってもらいたいんだ
 せっかくムエタイが特技なんだから、アクティブな動画も撮りたいな」

俺はしゃべり続けた

「そうだ、眠っている間に面白い夢を見たんだ
 あれをちょっとアレンジすれば、面白いコンテンツができそうだよ
 法人化も進んでいるし、やらなきゃいけないことは山積みだ
 倉田の抜けた穴はイタいけどなんとかなる
 あいつにはあいつの事情があるんだろう、しょうがないよな」

ナツは微笑んで聞いていた

しゃべり続ける俺の首に腕を回して、耳に唇を近づける

そして囁いた

嘘つき


<第1部終了>

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました

プロローグと対比していただくと、少しだけ救いがあるかと思います

第1部は二人のなれそめ編です
ひと区切りしただけでお話は終わっておりません

なお、思わせぶりに別れた二人ですが、わりとすぐ、倉田くんは帰ってきたりします

次回より第2部始まります
今回は10話以内で短めの予定です
第3部が本当の続きです

ギャグパートですのである意味、閲覧注意でございます

先に謝っておきます
お下劣でごめんなさい

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