海に落ちる月-31-探し物は何ですか【小説】
神野のターン
◆あらすじ
動画配信で起業を目指す神野は、200万超えに育ったインフルエンサー倉田と二人で成功の階段を駆け上がる
暴漢の襲撃さえ数字に変え、すべてが順調と思えたとき、神野と倉田の過去に起きた事件が二人の関係を変えていく
ナツは横に座って俺の肩に頭を乗せた
ちょっと前まで、触れただけで飛び上がってたのを思うと大した進歩だ
「デビューの話が来てるけど、どうなんだ?」
「うーん、どうしようかな」
「ナツが好きなことをやればいい」
「私はね、手に職を付けたいんだ」
「手に職?」
「ママンがさ、私を連れて迷わず家を飛び出せたのも、看護師の資格持ってたからだもん
どこでだって稼げるって自信があったからなんだよね」
「あー、そういうことか」
「アイドルとかモデルのお話もらうけど
そういうのってさ、若い子や2世とか、すっごい才能の子とか
後から後から湧いてくるんだよ
もうそんな競争に勝てる気しないんだわ」
「安定するかって言われたら難しいけど
おまえなら行けると思うけどなぁ」
「甘い!
撮影とか参加して、プロの人と一緒になると全然だめだよ」
「ふーん、そんなもんか」
「みんな優しくしてくれるし」
「ん? いい職場じゃないか」
「違うよ、私なんか眼中にないってこと
ライバルになりそうだったら警戒するでしょ」
「なるほど」
華やかな世界ほど、内情は厳しいのかもな
「でも、元アイドルとか元モデルって肩書は使えるから、今のところは頑張るけど
最終目的とは違うかなって思うんだ」
いつの間にかしっかり考えてたんだ
「そうか、頼もしいな」
ナツは嬉しそうに俺を見上げた
そっと肩に手を回すと小さな温もりが伝わってくる
「俺は何やってんだか」
「え?」
「こんなに簡単に幸せになれるのに」
俺はこの笑顔を守った
それだけのこと
俺がやらなかったことは、厳密にいえば未必の故意かもしれない
世界中から石を投げられるような親不孝者かもしれない
それでもナツは微笑んでくれるだろう
そして倉田だけは、石を投げないでいてくれる
ふと海に目をやると、倉田が沖の方へ歩いていた
もう、腰のあたりまで水に浸かっている
「おい、ちょっと行き過ぎじゃないか?」
俺は慌てて立ち上がった
この浜は遠浅ではない
急に深くなるから、海水浴場だった頃は制限されてたはずだ
倉田に「戻れ」と声をかけようとしたとき
すっと倉田の影が波間に消えた
「倉田?」
俺は走り出していた
夢中で浜辺を走り抜け、波をかき分けながら
必死で倉田の方へ近付こうとした
月光を反射して波は静かに揺れている
俺が進むと月影がゆがんだ
その先に大の字になってぷかぷか浮かんでいる倉田がいた
俺は一気に力が抜けた
(なんだよ、ここが急深だって知ってたのか)
倉田は俺を見て親指を立てて見せた
ぷっと俺は吹き出した
(リアルにクラゲじゃねーか)
そう思って一歩踏み出した途端、足元の海底が消え、俺は頭まで水面下に沈んだ
(!!!!)
声なんか出ない、必死でもがくが
溺れる人が言うのは本当だ
もがくほど体が沈んでいく
「神野!」
慌てた倉田の声が聞こえる
遠くからナツの叫び声も聞こえた
俺は安心して力を抜いた
(任せよう、大丈夫)
根拠は薄いが、安心感は揺るぎなかった
その確信通り、二人は俺を浅瀬へ引っ張り上げてくれた
「アハ、ゴホゴホッ、ヒッヒッヒッヒ」
せき込んでゼイゼイ言いながら
俺は笑いが止まらなかった
「泳げねーのに何してんだよ」
「ゴホッ、ハハ、うるせー」
「もう、やだー、カンちゃんたら
クルマにタオルとかあったよね、取ってくる」
ナツはそう言って肩で息をしているオジサン達を残して、坂道を駆け上がって行った
若いってすげーな
俺は一歩も動けそうにない
「神野、すまんな」
「いや、俺こそさんきゅ」
「そうじゃないんだ
しばらく顔出せなくなる」
「忙しいのか?」
「身内に反社がいるらしい
祖母ちゃんに聞いた」
おいおいおいおい、いきなり何ぶっこんでくるんだ
ドサクサに紛れてとんでもないことを言ってきたぞ
反社? あのマイバッハか!
「もし、何かあったら迷惑かけちまうから、もう関わらない方がいい」
「お前が直接関係あるってわけじゃないだろ」
「そう簡単な話じゃなさそうなんだ」
「それは、お前の親のことと関係あるのか」
倉田は首を横に振った
違うという意味なのか、分からないという意味なのか
「心配するな
一度、大炎上してんだぞ
怖いものなんかないんだよ」
「熱いなぁ、神野w」
「うるせっ、おまえも、クラゲにもナツにも手を出させねえよ」
そう、あの炎上騒ぎの時に俺はナツをかばうあまり、弱気になってサイトを閉鎖することを選んだ
アンチなんか「うるせえっ」て突っぱねればよかったんだ
どうせウワサなんてすぐ下火になる
俺の同窓生ですらロクに知らなかったじゃないか
「だからおまえも気にするな
なんかあっても、なんとかする
いくらだって手はある」
だが、倉田はその3日後、姿を消した