QHHT〜ある殿の一生⑥〜
息子が立派に職務をこなし
家臣達も半分以上が代替わりをした。
そして息子には良い関係を築いていた他国から
姫を娶った。
程なくして立て続けに一男一女を授かった若夫婦は
誰の目に見ても仲睦まじく
それを見ている妻もまた
やっと訪れた安息の日々を
手に入れていた。
息子とは職務についての会話以外
ほとんどすることは無い。
妻とは正月以来顔を合わせていない。
孫にあたる子供達とは
それぞれの誕生日と季節の行事以外
触れ合うこともない。
彼は職務の手が空いた時は
庭を歩き空を見上げて
それなりに歳をとった
この後の身の振り方を考えるのであった。
季節は初夏である。
そして彼は急に少年の頃の夏を思い出した。
陽の高い午後
若い僧侶達と籠と竿を持って
川で魚を釣った。
濡れた着物を枝にかけ
風呂がわりに川で水浴びをした。
魚が釣れた日はその魚が夕食のおかずとなった。
陽が落ちると住職と庭の蛍と星を見ながら
世の理を問答するのである。
山の夜は涼しい。
澄み渡った山の空気を感じると
全てのことが無に還り
深い眠りに落ちるのであった。
そして彼は寺に帰りたいと切望する様になった。
時を同じくして妻も息子も彼が健康なうちに
家督を継ぎたいと思い始めていた。
屋敷に新しい風を通す時期が来たのである。
時が来た。
重苦しい空気に押しつぶされそうになった
あの日と同じ大広間に
妻と息子、そしてだいぶ様変わりした家臣を集め
息子に家督を譲り
自身はかつての寺にて隠居生活をすることを告げた。
息子に家督を譲ったのちは
初めて夫婦らしい穏やかな生活が
過ごせるのではないかと
少しばかり期待していた妻は
多少の落胆を見せたが
元より交流の少ない夫婦であったが故に
それもまた然りと納得した。
家督を引き継いだ息子は
自身の家臣達としっかり目を合わせ
決意の程を伝えている様であった。
自分の仕事はこれで終わったのだ。
将来を期待されることもなくこの世に生まれ
実の父母と顔を合わせることはおろか
言葉を交わしたこともない。
そんな自分が妻を娶り子をなし
降ってわいた一国一城の主人として職務をこなし
そしてその息子に血と国を譲ることが出来た。
家を繋ぐことが出来たのである。
私にしては成し遂げたではないか。
そう彼は思った。