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QHHT〜ある殿の一生③〜

さて時は遡り
少年が寺に預けられる大きなきっかけとなった日。
少年が更に歳若く3〜5歳の頃である。

周辺では御家人と非御家人の戦さが起こっていた。

父親である御家人と対立する非御家人の間で
ある密約がなされた。
これ以上の戦さを続けないため。
お互いにとって双方痛み分けとなる密約である。

それは育ての親である臣下を敵方の大将に渡し
息子である少年を人質として寺に預けるということ。

敵方の大将にすれば
父親側と内通する可能性の高い者を身近に置くことで
何かあればすぐに疑いを掛けられる
なおかつ人質となっている少年の命を
対価として活用できる。

父親にすれば
特に身に覚えのない虚偽を掛けられる事を
未然に防ぐことが出来
更に血が繋がっているとはいえ
既に後継が存在する現状では
失っても特に痛くも痒くもない者が
人質としてその危機を回収してくれる。

生まれた時から駒として生きること。
それが少年の運命であった。

そしてその夜。
敵方の軍勢が育ての親の屋敷に押しかけた。
鎧を着た大勢の男達。
その兜の下の顔は漆黒の闇に見え
目はおろか表情さえも窺えない。

育ての親は両親共に寝巻きのまま捕縛され
その庭の美しい風景を彩る玉砂利の上に座らされている。
両親の間には縄こそ掛けられていないものの
キッと前を見据え口を強く結んだ少年が
膝の上で両の手を強く握り締め
同じく座らされていた。
これから自分の身に降り掛かることがどう転ぶのか
少年のその幼い胸の内で目紛しく思案する。

屋敷の者達は屋敷の中の板の間に押し込められ
その扉の向こうでは監視に置かれた者達の
鎧の触れ合う音が絶え間なく聞こえる。
明かりもなく閉ざされた部屋の中で
各々主人達の運命と共にする覚悟を決めていた。

そして、育ての父はその意と反し敵方の大将に
その身柄ごと売り渡された。
その瞬間から育ての両親との縁は切れ
山深い寺の中にてその身を弄ばれる少年の日常が始まった。

その日から猶予年。
日々変わらぬ目次に沿って、少年は過ごしてきた。

一線を引いてはいるものの
暖かく慈愛に満ちた育ての親との生活とは違い
子供らしさを自発することも自ら諦めた。

衣服こそその身分に相応しく整えられいるが
その生活は、まるで寺の小坊主であった。
小坊主と違うところは
毎日の手習いに一日の大半を割かれている事だろう。

6〜8歳にしてあらゆる書物を解し
文字を書くことも詩を唄うことも
既に手慣れたものであった。

しかしひ弱では困る。
そこで寺の坊主達と山に入り川に入り
いつしか色白で小柄であった少年は
少し陽に焼けて逞しく成長したのである。

その頃、実の父の元では後継である息子が
元服を前にして病に倒れ絶命した。
最愛の息子を失い、その心を病んだ妻を思いやり
寺にいる継ぎ手を呼ぶ事はまたしてもなく
その屋敷には暗く重い空気がのし掛かるのである。

そしてその数年後。
妻と父は相次いで絶命した。
まさに病は気からである。

いまわの時、父の口から家督を
寺に預けた息子に継がせるよう告げられた。

敵方の大将との密約は
その大将が戦さで敗れた事により
とうにその効力を失っていた。

寺に使者がやってくる。
少年はまたしてもその意思とは関係なく
身の所在を移す事になった。

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