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「仕組債」という名のギャンブル 〜1001日の七面鳥現象 <個人投資家を破綻させるリスクと実態>

日本の低金利が続いています。
その中で相場を大きく上回る高金利を謳い、一般の個人投資家を破たんに追い込んでいる商品があります。その商品パターンは多彩ですが、仕組債という名称で今も多く販売されています。

金融庁が規制の姿勢を示し、金融機関も一部で販売の中止、規制を始めていますが、“被害”は今も続いています。

仕組債とは何か。

そして結果的には「ハイリスク・ローリターン」でしかない債券がなぜ存続しているのか。老後の資金など、一般投資家の“命金”まで奪ってしまうこの金融商品の実態と危険性を、改めて紹介します。

1001日の七面鳥現象とは
ナシーム・ニコラス・タレブが例示したあり得ないことが突然起きる現象のことです。飼育される七面鳥は毎日餌をもらい1000日も続くと、それが
“一般的法則だ” というかのように信じ込みます。
しかし、1001日目の感謝祭に突然料理されてしまう。タレブはこの比喩を
不確実性の象徴に使っています。

1.仕組債とは

投資だけを目標
仕組債とは、「一般的な債券」にスワップ(固定と変動など異なる金利や異なる通貨を交換する取引)やオプション(あらかじめ決められた期日にあらかじめ決められた価格で売買をする権利を売買する取引)などの「デリバティブ(金融派生商品)」を組み込んだ債券を指します。
仕組債の特徴は、従来の資金調達を目的とした社債などと違い、投資対象としてだけ発行されていることです。

仕組債とは

仕組債のほとんどは、参照銘柄(株式や各種指数)の値動きによって、その債権の条件が変動し、通常の債券より高利回りで運用できることを強みとします。

そしてその高利回りを確保するため、プットオプション(※)の売りが組み込まれています。この複雑な条件の変動やオプションなどが組まれているため、仕組債は高度な専門知識、経験を前提としたプロ向けの商品といえます。

プットオプション(※)   :オプション取引のひとつで、対象となる資産について一定の期間内に、あらかじめ決められた数量を、決められた価格で、「売る権利」のことです。
理論上、損失が無限に発生する可能性のある極めてリスクの高い取引です。

2.仕組債の歴史と構図

仕組債が広まったのは、1980年代半ばといわれ、90年代には米国の「ロケットサイエンティスト」とも呼ばれた金融工学の専門家たちによって多くの金融商品が登場しました。

日本で仕組債が売り出されたのは、1998年の金融ビッグバン以降で、当初は法人がメインターゲットでしたが、やがて裕福な個人投資家などもその販売対象になっていきました。

高利回りに高い販売手数料

米国で生み出された仕組債が、なぜ世界に広まり、長年普及しているのでしょうか。そこに仕組債の最大の特徴である、高利回りと高い販売手数料があります。
 高利回りは投資家にとっての魅力であり、高い販売手数料は、仕組債を扱う金融関係のメリットです。この双方の利点が、仕組債の拡散、継続の原動力になっていました。

なぜ高利回りができるのか

仕組債の最大メリットである高利回りはなぜ実現するのか。
その説明の前提として、まず仕組債の仕組み、発行の構造を見ておきます。

発行、販売の構図(日本証券業協会資料より)

上図は、仕組債の発行、販売の概略図です。
①発行者②アレンジャー
発行者は主に海外の金融機関が担当します。アレンジャーは証券会社などが担当し、投資家の需要を把握し、仕組債の内容を発行者と調整し決定します。ここで個々の投資家の意向を反映したオーダーメイドの仕組債も可能になります。必要投資額は一般的に最低1000万円以上です。
 
③販売会社
投資家に仕組債を売る役割で、証券会社や銀行が主に担当します。
 
④スワップハウス
デリバティブ取引をする主に海外の金融機関です。仕組債に組み込まれたデリバティブ取引は、投資家と発行者の利益が相反します。仕組債でこの利益相反を防ぐために、新たなデリバティブ取引を組むことをカバー取引といいます。このカバー取引をスワップハウスが担当します。

仕組債の種類

個人向けの仕組債には以下のようなものがあります。

〇外国為替連動仕組債
米ドル為替などの上下に連動し利金や償還金が決定する商品です。償還期限は20年、30年と長期のものが多く、2通貨に連動する商品もあり、価格変動が複雑でリスクが高くなります。

〇株価指数連動仕組債
日経平均株価や穀物指数などに連動する商品があります。償還期限は5年程度のものが多いようです。期間中に株価が一定価格以下になると、「ノックイン」といい、下落幅よりも大きい値下がりで償還されることになります。

〇個別銘柄株価連動仕組債
「EB債」と呼ばれ、満期時に償還金が他社株式に転換して支払われる可能性のある商品です。1銘柄への連動から2、3銘柄への連動商品も増え、対象銘柄の一つの株価でも決められた水準を割ると株価の低い方の水準で償還されます。

3.仕組債のキャッシュフロー決定要因

(1)仕組債での損益を決定する主な条件

 ①利率
通常は3か月など一定期間毎の利払い日における対象株式などの価格で、年率が決まります。
例えば、株価が当初から15%を超えて下落しなければ利率は8%など、高い利息が決められています。0.05%の個人向け国債利率などと比較すると、破格の利率が魅力になります。
 
②早期償還
対象の株価などが、定められた条件を満たした時に、償還日を繰り上げて実施することです。例えば株価が5%以上の値上がりを条件(ノックアウト)としていると、償還日前でもこの条件を満たすと債権が償還され、額面金額が払い戻されます。このため値上がり時のリターンは限定されています。
 
③ノックイン価格
それぞれの仕組債で設定された元本割れになったりする価格です。事前に定められた株価などの価格基準で、当初の株価の65%などとはかなり低く設定されます。後述する満期償還の期限までに、このノックイン価格を下回ったことがあるかどうかで償還金額は変動します。
 
③満期償還
早期償還の条件に該当せず償還日になることです。
一例として、満期までにノックイン価格を下回らなければ、額面金額が支払われます。ノックイン価格を一度でも割った場合は、仕組債の発行時から満期時までの対象株式の変動率を額面に乗じた金額を支払う―――
などという条項が定められます。
 
金融庁は具体的なEB債のケースで以下のように説明しています。

Ⓐ参照する株価が一 定期間内のどこかで1回でも大きく(例えば、30%以上など)下落した場合(ノックインした場合)、 満期時までに元本を上回らない限りは成約時の株価で計算された株式等により償還される。 反対に、Ⓑ参照する株価が、判定時点(例えば四半期毎)で一定程度(例えば、5%など)上昇 した場合(ノックアウトした場合)その時点で早期償還され、高い金利が得られる期間は早期に終わってしまう。 通常の債券同様に🄫満期時に元本で償還されるのは、上記ⒶとⒷ以外の場合のみとなる(図表)。

仕組債の償還パターン(金融庁資料より)

こうした EB 債の商品性は、(ノックイン、ノックアウトの利用により)オプションの売りポジション類似の仕組みを埋め込むことで可能となる。取引全体をみると、通常より高い金利の主な源泉は、株価が一定程度下落した場合(ノックイン)に顧客が大きな損失のリスクを負うことの対価(オプション・プレミアムに相当)である。また、相対的な高金利は、株式等であれば得られる値上がり益放棄の対価の側面もある。具体的には、株価(株価指数)が上がった際にノックアウトが生じ、その利益を得ることができず 早期に償還されてしまう。この点は機会損失であり、認識されにくい面があるが、ダウンサイドがある一方でアップサイドもある株や株式投信と異なる不利な点である。このため、EB 債に対して、株価の変動に伴う「利益限定で損失無限大」との指摘もなされる。

(2)仕組債のオプション

以上(1)のような仕組み、条件で仕組債の発行がされ、その損益が定まるのです。

仕組債のオプション(※)の売りは勝率は高く、早期償還という形で利息がついて返ってくる場合が多いのが特徴です。
ただし先にも述べたように、勝率が高いからといって必ず勝つということを意味しないことに注意する必要があります。
仕組債の投資家は、厳密に言うと「利息」ではなくオプションを売ることで得られる手数料(プレミアム)が収入になっています。これは一般の投資家にはなかなか理解を得られない点です。

(※)   仕組債のオプション:仕組債に利用されるのは前述したようにプットオプションです。下図のように金融機関が買い手で、投資家が売り手です。

プットオプション

左の図を見ると金融機関の損失は限られています。
しかし投資家、つまりオプションの売り手の利益は限定されており、逆に株価が下がれば損失がどんどん膨らむリスクを抱えています。
ノックイン型の仕組債のデリバティブは、このようなオプションを複雑にして組み込んでおり、そこに投資家のリスクが内包されているのです。

4.仕組債の落とし穴

仕組債のノックインの構図を補足します。
仕組債はこの勝率が高いところが一番の魅力ですが、そこに落とし穴があります。

いったん利益を得ると、多くの人がそのお金を次々と同じような仕組債に投資をする傾向があることです。この流れに乗ってしまうと、対象となる株の価格が上がっていけばいくほど設定されたノックイン価格がどんどん高い水準となります。しかしリーマンショックやコロナショックなどの暴落時には、ノックイン価格を割り込んで大きな損失を食らってしまうというケースが多くなっています。(下図参照)

仕組債の落とし穴

一方でこの「早期償還、再投資」が金融機関にとって大きな利益をもたらす仕組債になっています。

オプションなど複雑なデリバティブを組んでいる仕組債は、その利息や償還が複雑に変動するため、仕組債を発行、販売する金融機関にとって扱い管理の難しい商品になります。
このため、先の仕組債の構図で紹介したスワップハウスが介在します。 

発行者はスワップハウスと仕組債の利息と償還金を一般的な変動金利の利息と償還金に交換する取引をします。
発行体はオプションなどのデリバティブをそのままスワップハウスの金融機関に売り、複雑な仕組債のリスクを回避し、普通の変動金利で資金調達が可能になります。そして発行体からオプションなどを買ったスワップハウスなど金融機関は、それをまた金融市場で売却、リスクをヘッジします。

ここでオプション料に注目すると、金融市場で取引するオプション料は、投資家に払うオプション料より高く、ここで介在する金融機関が利ザヤを得ることができるのです。

例えば、投資家が8%のオプション料を得る場合、市場では15%のオプション料が払われており、その差額の7%が仲介の金融機関に入ることになると言われています。
「早期償還、再投資」が、仕組債を扱う金融機関にとって多く収益を与える構図が、ここからも想像がつきます。
このような手数料稼ぎのため、極端に短い期間での仕組債の売買、いわゆる「回転販売」に誘い込む販売業者まで生まれています。

5.表面化した問題点

金融庁の調査では、仕組債は年間の販売額は21年度に4兆1500億円になっています。証券会社が2兆4000億円余り、主要銀行が約1兆円の扱いです。
特にここ数年販売が増えている地方銀行は約6400億円になっていました。

本来、証券・金融業界は不安定な相場に経営基盤を左右されないために、
金融商品の売買手数料など「フロー(売買)重視」から預かった資産管理の手数料など「ストック(残高)重視」へと、ビジネスモデルの変換を図っていました。
しかしその望ましい方向性に追随が難しいのが、地方の銀行、金融機関でした。背景には地方経済の停滞があります。

日本銀行の金融緩和による超低金利 の影響で、利ざやが稼げずにもうけが減る中、収益環境の悪化に対応するために、地銀グループの多くが高額な手数料獲得を目指し、積極的に仕組債の販売にのめり込んでいくケースが相次いだのです。

金融庁によると、銀行や証券会社の仕組債の販売額は2016年度の約3.8兆円から20年度に約4.3兆円に増えました。このうち地銀が約7千億円で、この間に2倍超になっています。

不透明な手数料

金融庁が指摘する問題点は、仕組債の販売価格の不透明さです。
投資家が受け取るオプション料や金融機関が得る販売・管理の実質手数料などの実態が不明瞭なのです。

例えば、EB債の実質コストは平均で5~6%と推定されますが、満期の実質ベースでは年率8~10%になり、中には20%を超えるものもあると金融庁は指摘、これらが実質手数料になり販売価格に組み込まれているのです。

金融庁は2022年5月、仕組債の中のEB債(他社株転換可能債)について調査した結果を公表しています。
そして「サンプルの中には僅か3か月で元本の8割を毀損した例」もあると報告。
「株価の大幅下落時は大きな損失を発生し、株価上昇時でもノックアウトで額面償還され、アップサイドのリターンは限定されている」と注意を促しています。

また全国地方銀行協会によると、2021年度に地方銀行の販売する仕組債への苦情は110件になりました。
協会加盟62行のうち、57行が仕組債を販売していました。販売総額は約9500億円と公表されています。また証券会社を抱える地銀グループでは、販売商品の4分の1を仕組債が占める、との報道もありました。

株式や証券、投資信託、FXのトラブルの相談窓口となっている「証券・金融商品あっせん相談センター」によると、2020年4月から2021年3月までに起こされた仕組債の損害賠償請求は合計約12億7000万円、紛争解決手続きは70件とされています。

 これら仕組債の苦情、訴訟の実態につき、担当の弁護士たちは以下の共通する問題点を指摘しています。

①商品が複雑化している。
仕組債が連動する外国為替や株価銘柄が1つから複数化し、その複数のうちの不利な方のレートで償還させられるなど、投資家のリスクが高まっている。

②回転販売の横行
信用取引などにおいて1日に何度も金融商品を売買することができる。頻度は下がるが仕組債でも年間に5回前後も売買を勧められるケースがある。

③投資経験の乏しい人も勧誘
株や債券の経験が殆どない高齢者が、仕組債のリスクが理解できないまま、数千万円の老後資金で仕組債を買わされるなど、大きな損を被るケースが多い。

仕組債の規制、販売停止

大手の金融機関や証券会社は、2022年秋から仕組債の公募など一部販売停止や、販売対象者の規制を始めています。

金融庁は2022年12月、仕組債について苦情や訴訟が出ている地銀とそのグループすべてを対象に、その運用などの実態調査を始めました。
調査結果を公表し、改善が必要と判断した地銀には立ち入り検査の可能性もありそうです。

金融庁の方針を受け、頭取が全国地方銀行協会の会長を務める千葉銀行は仕組債の販売を全面的に停止、他の地銀でも一部販売の停止などが続いています。

また日本証券業協会では販売ルールの見直しも進めていると言われています。

一般投資家そして監督官庁の金融庁も、金融機関に求めているのは「顧客本位の業務運営」です。

その中で、売買手数料を稼ぎやすい一方、投資家=顧客に損失を与えやすい仕組債をどう適切に扱うようにするか、金融業界の姿勢が問われています。

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