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ミルク風呂で人生の休息時間を

 だいたい何か考え事したくなったら私は銭湯に行く。何も考えたくない時にも私は銭湯に行く。とりあえずいい事も悪い事も考えたくなったら銭湯に行く。

 去年の夏のある土曜日。その頃の私はとにかく悩み、考え事をする日々が続いていた。それも飛び切り悪い事。友達に絶交された。推しアイドルから一推しが卒業した。とにかく色々とストレスがたまりすぎて何もかもが嫌になって、婚活サイトで折角直接会えた人だったのにこちらからお断りしてしまって婚期をまた逃した。歯医者嫌いなのに虫歯になった親知らずの抜歯をしなければいけなくなった。
 そんな時に私は高円寺にある銭湯、小杉湯を訪ねた。ご当地サイダーと銭湯のコラボスタンプラリーに参加していて、所用で新宿に来ていたので折角だからと調べて立ち寄った。それだけだったんだけど、「銭湯めぐりの初心者にオススメ!」とあちこちで紹介されているだけあって小杉湯はアメニティが充実していたのに本当に感動した。ドライヤーもハイスペックだし、シャンプーやボディソープと言ったアメニティも揃えていた。ミノンのボディソープまで置いてあって充実しすぎて他の銭湯行けなくなりそうだな、くらいにまで思った。
 身体と頭を洗って、かけ湯をして。洗い場近くにあった湯舟にゆっくりと入る。その時。
「あっつい!」
 入った瞬間、あまりのお湯の熱さにびっくりした。どうやら私はいきなりその銭湯のあつ湯の湯舟に入ってしまったらしい。それでもつかってられない熱さと言うわけではなかったからそのまま湯舟に入ったもののやはり熱さに耐え切れずいつもより早く湯舟から出て、水風呂へと向かう。
 手足から少しずつ水をかけてゆっくりと水風呂に入った。外はあまりにも暑くて体はほてってた上に追い打ちをかけるようにしてあつ湯に入ってしまったので身体は思い切り熱されて涼を欲していた。水風呂で身体のほてりは冷めたけれど、今度は身体が冷えすぎた。
 また私はすぐに水風呂から出る。近くの洗い場に腰掛けて休憩する。
「まいったな、全然考え事をしている暇がない」
 色々なことに目移りして熱さや寒さにくるくると振り回されてぼーっと考え事をしている暇がない。ずっと走りっぱなしだったので一回どこかで止まって休む時間が欲しい。
 ……身体の冷えが少しだけ落ち着いて、小杉湯名物だと言うミルク風呂に入った。
「おお」
 冷えた体にミルク風呂の温かさがしみこんでいき、体をゆっくりと包み込んでいく。気持ちいい。それ以外に感想は出てこない。
 でもその温かさは私の心の中にも入り込んできた。悲しい事、ムカついた事、後悔した事などなど。自分の心の中にある嫌な物をそっと包み込んでとげを丸めていく。それらはすべてミルク風呂の中に溶けて消えてなくなっていく。
 心の中にたまっていた物から解放されて、ただぼーっとするだけの時間。そっと目を閉じて外界をシャットアウトして私の人生の休憩時間をほんの束の間、取らせてもらった。

 あれからもうすぐ一年がたつ。その間に私は新しい友達も出来て、新しい推しも見つけた。親知らずの抜歯も痛みも腫れもなく無事終了。婚活だけは何も進んでないけど、自分本位になりすぎない程度の自分磨きは頑張っているからゆるゆると前進はしてると信じたい。
 仕事はこんな時でも、いやこんな時だからこそ動かしておかないと大変な仕事なのでいつも通りに出勤している。対応するお客様も同僚たちも不安を抱えながら生きていて、私の周りの空気は重い。心の中の嫌な物はどんどん増えていく一方だ。
 いつかまた小杉湯さんへ行ってあのミルク風呂に入って走ってきた疲れを癒したい。それを今の心の支えにしながら今日も私は一日を突っ走るのだ。
 

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