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#501 ぼやけている2024年のスタート

2024.1.1.
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。


ここ2年ほど、子供たちを寝かしつけた後の姉と一緒にジャニーズカウントダウンライブを見ながら年を越していたのだが、今回はちょっと違った。

寝かしつけた姉が、ミイラ取りになって戻ってこない。母はここ数日の8人暮らし体制に疲れて寝てしまった。カウントダウンライブもやっていない。
まずい、このままでは父と2人で年越しになってしまう…と思って自分の部屋に戻り、YouTubeでSnowManのカウントダウン配信を見ながら1人で新しい年を迎えたのだった。


今年も相変わらず、3人の姪甥を生活の中心に据えた我が家の年末年始だ。

姪2(年長)の描いた服装が可愛すぎる

姪っ子とお絵描きをし、

これプラス買ったお刺身セット

大晦日の夕飯は決まって手巻き寿司。写ってないけれどプラス年越しそば。

ちゃんと年長者からおとそ飲む

新年の朝はみんな勢揃いで挨拶&おとそ&おせち。一部購入、一部優子の手作り。

メインは私が。

姪2人と窓ガラスに絵を描いて…

特に1歳4か月の甥っ子は目が離せず、お気に入りは台所用品の全部出しとテレビのリモコン操作。絵に描いたようないたずらっ子。

姪甥と一緒に遊ぶか、あまりに大変そうな優子の家事を手伝うかのどちらかをして過ごしている。



新年が好きだ。
もともと節目というものはなんだか身が引き締まる気持ちにさせられる。教員時代は始業式や終業式にテンションが上がり、無駄に一番乗りで出勤していた。節目の日には黒板アートをしたりも。
年の切り替わり×節目×寒いのが好き…ということで、自分の好きが重なっているときだからかもしれない。

なのに…もやもやしている。

いろんな方の「今年の抱負」なる記事やポストを読み、いただいた年賀状を見て…なんだかもやもやしている。

そして読んだちきりんさんの過去記事↓

一番大事なこと
それは、「自分がどう生きていきたいか」を理解しておくこと、そして選んだ道に自信を持つこと
「なんとなく」とか「成り行きで」ではなく、
「事情があるから」「仕方なく」でもなく、
こういう生き方がしたいから、
こうやって生きています!
と言えること

Chikirinの日記より

これだ。

大変ありがたいことに、私は実家でお世話になっていて、そこには家族がいて、笑顔が溢れていて、美味しいご飯があって、暖かい寝床がある。

姉一家や母が大変そうだから、できる限り手伝おうと思っている。

「なんとなく」「成り行きで」「事情があるから」「仕方なく」のオンパレードじゃないか!




「自分がどう生きていきたいか」。

私はまだ、それが曖昧だ。
けれど、教員を退職するという選択をした時点で、その一歩を踏み出しているとも思える。

先生たちが楽しく働けることを応援したい。
時間や場所に縛られない働き方をしたい。
ある程度の経済力が欲しい。
誰かに用意してもらったものでなく、自分で家族やコミュニティを作りたい。


だから、私の2024年は、
「自分がどう生きていきたいか」を見つめる年にする。

普通に仕事も頑張るし、noteも書くし、婚活も続けていくし、仲間と飲んだくれるのは変わらずだけど。その中で、人の話をよく聞いて、自分の気持ちを言葉にして、時々立ち止まって考えて考えて…

どう進んでいくかを自分で決めて、やってみる。

おいおーい、成人したてかよって感じの抱負だな。だけど、できていないんだから仕方ない。まずはここから。



こんなぼや〜っとした私ですが、今年も楽しく前向きに!
皆様のnote読むのも楽しみにしております。
本年もどうか温かい目で見守ってやってください。




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