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小説「未来の選択」
(掌編; 987文字)
朝食の時間、娘の未来がパンを小さな手でちぎりながら、ふと顔を上げて尋ねてきた。
「ママ、なんで私の名前は未来なの?」
その無邪気な質問に、私は笑みを浮かべて答えた。「未来にはね、たくさんの可能性が広がっているから。好きなことを見つけて、自分らしく生きてほしいって願いを込めたのよ。」
未来は大きな目を輝かせ、満足そうに頷いた。彼女の人生が、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスのように広がっている。彼女の未来がどんな色で彩られていくのかと考えると、胸が少し温かくなる。
ランドセルを背負った未来が、玄関先で振り返る。「今日は学校で『家族』について話すんだって!」
その一言に、私の胸は少し詰まった。私たちの家族の形が未来に何か不安を与えていないだろうか?
私たち夫婦は、結婚の際に名字をどうするか悩んだ。私は自分の名前で築いたキャリアと思い出があり、名字は私にとってただの記号ではなく私自身の一部だった。だが、この国では夫婦別姓が認められていない。夫は私の葛藤を理解し、「僕が名字を変えようか」と提案してくれたが、彼も自分の名前で仕事をしている。それを思うと、心が痛んだ。
結局私たちは事実婚という選択をした。伝統は大切にしたかったけれど、自分を犠牲にせずに生きる形を選んだのだ。夫も周囲から何か言われることがあっただろうが、そんな素振りは一切見せず「名字が違っても、家族は家族だよ。大事なのはお互いを支え合うことだ」といつも言ってくれる。
でも、未来はどうだろう。「ママとパパが名前が違うこと、どう思ってる?」私は勇気を出して聞いてみた。不安が胸に渦巻く。周りの子たちと違うことで未来が何か違和感を感じているのではないかと。
一瞬の沈黙。私の鼓動が少し早くなる。しかし、未来は屈託のない笑顔を浮かべて答えた。
「ママとパパ、名前が違っても仲良しだもん。それでいいと思う!」
その言葉に、私の心の中にあった不安がふっと霧のように消えた。未来は私たちの選択を自然に受け入れてくれている。彼女の純粋な言葉と明るさが、私を優しく包み込んだ。
「いってきまーす!」今日も元気よく玄関を飛び出していく未来。その小さな背中を見送りながら、私は静かに『未来』に思いを馳せる。
やがて娘が成長し、大切な人と出会う日が来るだろう。そのとき彼女が自分らしく生きる選択ができる社会が広がっていることを、私は信じている。
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