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感謝をもって「良い経験」を次世代に

私がビジネスでとてもお世話になった方の一人に平山賢二さんがいらっしゃる。平山さんから頂戴したたくさんの教えを糧として私の現在のポジションがある。その平山さんが設立された企業の一つに合同会社ジンバル(http://gimbal.co.jp/)があり、以下は私が同社ウェブサイトの「創発の泉」に2016年に投稿した拙文である。今でもこれを読み返すと平山さんとビジネスをご一緒した楽しい思い出が蘇る。この文章を書くきっかけをくださった平山さんにあらためて心より感謝申し上げる。
同社ウェブサイトのうち「創発の泉」は現在(2024年11月時点)は閲覧できない。そこで平山さんとの良き思い出として当時の文章をここに復活させることとした。


感謝をもって「良い経験」を次世代に

概して男の子は幼少期の記憶が曖昧と言われており、私も妻と話していて両者の記憶の量と質の差に驚くことがありますが、それでも幾つかは鮮明に頭に残っていることがあります。その一つが、小学校の社会科の教科書を開くたびに「ああ、ぼくは日本人に生まれて本当によかった。他の国に生まれていたら何とつまらない子供だっただろう」と感じていた記憶です。それくらい当時の社会科の教科書には、我が国の活力と将来への希望が、子供心にもしっかり伝わる文章や図表が溢れていました。

果たして今の子供達はどう感じているでしょうか。彼らに「そう感じている」と言わせる自信は、残念ですが私にはありません。

大人になっても

私は造船学科を卒業後、総合重工企業A社の造船事業部門に就職し、20年9ヶ月勤めました。A社では、とても素晴らしい丁寧な育て方をしていただき、今でも心から感謝しています。俗に「脂が乗ってきた」と言われる40歳手前の時期に、特に鍛えられました。

その後のコンサルタントならびに現職の仕事では、造船をはじめとする個別受注型製造業のお客様に話をする機会が多く、そこでは必ず堂々と胸を張って「A社出身である」と自己紹介をします。近年A社造船事業部門の業績は芳しくありませんが、私にとって自慢の企業であることに変わりありません。

辞めた企業を自慢する人は珍しいと思いますが、私には業績の良し悪しや規模の大小ではなく、「A社で育って本当によかった」という実感があまりにも強いからです。それは少年時代の「日本人に生まれてよかった」という感覚と重なります。

次世代への使命

A社を飛び出し、コンサルタントとしてあらためて我が日本造船業を見渡した時、「優れた理解能力と業務取り組み姿勢を持つ中堅は多いが、彼らが将来に対する強い当事者意識と問題意識のもと、自社の持続的成長に向けた改革を深く構想し、提案し、事業幹部に揉まれながら成長するという鍛錬の場に恵まれていないのではないか」ということを強く感じました。

「良い経験が何かは、良い経験をさせてもらった人にしかわからない。そのメカニズムを解明し、意図的に設計し、次の世代に再現することは、良い経験をさせてもらった人の使命である」が私の持論です。そして間違いなく私は、そういう者の一人と自覚しています。若者が「日本に生まれてよかった」と思えるほど世の中を変える力は私にはありませんが、「この企業で育って本当によかった」と思えるようになるお手伝いをすることはできるはずです。

そこで、自分と同じような経験の場を再現して多くの改革人材を育て、微力ながら日本造船業の復権に寄与することに残りの社会人人生を捧げようと決心し、昨年造船業界に戻ってまいりました。(注:2016年の投稿当時)

良い経験

いま手元に、3冊を綴じ合わせた分厚いノートと、一束のルーズリーフがあります。この中には、特に鍛えられた40歳手前から、その後しばらくの期間の「良い経験」がいっぱい詰まっています。

「良い経験」が詰まったノートとルーズリーフ

それらの経験をさせてもらえたA社の優れた環境の根っこが何にあったかを自分なりに整理して一般化すると、次のようなことであったと理解しています。
① 改革とは、その組織の全員にとって初めてのことである。
② 初めてのことをやる時は、上司も部下も全員が初心者。これからの改革の過程で、そのことについて最も勉強して考え抜いた者が第一人者である。
③ 第一人者なのだから、たとえ若輩者であっても、その人の言うことに全員が素直に謙虚に耳を傾けろ。その人の考えを信じて、迷わず任せろ。
④ 逆にその人は、事業の将来に対する強い当事者意識と、そこに属するすべての人々に対する責任感を持って、たとえ若輩者であっても第一人者に値する思考と行動をせよ。

①~③はもしかしたら世の中でもよく言われる話かもしれませんが、周囲が①~③のように動くことによって、「第一人者」の中堅・若手が④を徹底的に身に付けさせられたことに価値があったように感じています。

A社ではトップが自ら日々の行動の中でこれを体現することにより、組織にこの思想が根付いていました。例えば多くの管理職が集まる会議の席で、「第一人者」の平社員の若者にトップが謙虚に教えを乞うたり、部長でも課長でもなく君を頼っているんだというオーラを発しながら叱責したり、といった場面が多く見られました。そこには組織のヒエラルキーも何もなく、いわばプロどうしの直接対決でした。

ライフワークは続く

私はこのことを、各企業の改革プロジェクトのキックオフミーティングで、必ず話すことにしています。特に中堅・若手に向かって「いい経験してくれよ」という願いを込めて。

しかし現実には、なかなかそのようになりません。成長期にある若い産業ではすんなり実現しそうなことであっても、造船業のように過去の成功体験の記憶が根付く組織においては、「頭でわかっても行動が伴わない」となってしまいます。部下が前記④のスタンスで考え抜いた新機軸を、それについて何も勉強や考察していない上司が平然と「間違っている」「意味がない」などと言う、という場面がしばしば見られます。そうなってしまうと、「自分と同じような経験の場を再現」を標榜する私は我慢できず、前記トップの役割を代行することになります。演出と言われてもしかたないくらい大袈裟に、第一人者となるべき中堅・若手にスポットライトを浴びせることもあります。

このようにライフワークの完成にはまだまだ遠い道のりですが、これがライフワークだと宣言できる幸せもまた「良い経験」のおかげと感謝する日々です。

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