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造船業の「時は金なり」

私がビジネスでとてもお世話になった方の一人に平山賢二さんがいらっしゃる。平山さんから頂戴したたくさんの教えを糧として私の現在のポジションがある。その平山さんが設立された企業の一つに合同会社ジンバル(http://gimbal.co.jp/)があり、以下は私が同社ウェブサイトの「創発の泉」に2016年に投稿した拙文である。今でもこれを読み返すと平山さんとビジネスをご一緒した楽しい思い出が蘇る。この文章を書くきっかけをくださった平山さんにあらためて心より感謝申し上げる。
同社ウェブサイトのうち「創発の泉」は現在(2024年11月時点)は閲覧できない。そこで平山さんとの良き思い出として当時の文章をここに復活させることとした。当時の投稿は3つあり、これはその第二弾である。

第一弾:感謝をもって「良い経験」を次世代に
https://note.com/my_shipbuilding/n/nf77f7f3c62ef?sub_rt=share_pw


造船業の「時は金なり」

私がライフワークとして改革改善に取り組んでいるのは、主に国際航路に従事する比較的大型のタンカーやコンテナ船、あるいは最近話題の大型豪華客船など、「一般商船」と呼ばれる船を建造する造船業です。この産業は、世の中一般には成熟産業あるいは衰退産業と見られています。確かに一般商船は、原則として金さえかければ誰でも高機能・高品質の製品を実現できるところまで技術が成熟しています。「いくら金をかけても無理な会社には無理」といういわば発明・発見級の差別化技術は一般商船には残っていないと言ってよいでしょう。しかも、安い労働力で作った材料を調達し、安い労働力を使って自製品を作れば、絶対値での金額差も発生しません。物理的に成立させるという面でも、経済的に成立させるという面でも、高機能・高品質という意味での差別化は絶望的というのが、我が国の一般商船造船業の現在の構図であると認識しています。我々にもはや差別化要素は残されていないのでしょうか。

まだまだ浅い歴史

成熟・衰退と言われて久しい印象がありますが、造船業が我が国において経済の一角を担う輸出産業に育ち始めたのは、戦後しばらくしてからのことです。もちろん我が国では戦前から盛んに船が建造されていましたが、技術面・経済面ともに軍艦建造に主導された産業であり、一般商船の建造は国の経済を支える規模ではありませんでした。

我が国造船業が戦後しばらくして成長期を迎え世界のトップになり、そして現在に至るまで、約60年間が過ぎました(注:本稿初出の2016年当時。以下同様)。経済の先生に言わせれば、一つの産業にとって60年は十分に長いということになるのでしょうが、私の身に当てはめると、60年前はちょうど私の父が就職した頃です。「その頃どうだった?」と思い出話を直接聞ける程度の浅い歴史にすぎません。そう考えれば我が国造船業は、成長から成熟・衰退まで長い歴史を辿ってきたと言うよりも、まだ中盤戦でありこれから何が起きるか誰もが未経験の段階と思えます。

造船業の目下の市場環境はとても厳しいのですが、前回の創発の泉で申し上げた「初めてのことは誰でも初心者、これから最も考えた者が第一人者」の話とよく似た感覚で、「我が国造船業の今後はまだ白紙、衰退にするも再成長にするも自分たち次第」と前向きに捉えるようにしています。

商売の技術

戦時体制下での米国造船業の取組みを記録した文献(F.C.Lane, “Ship for Victory”, 1951, The Johns Hopkins Press)に、「造船マンは船の設計技術は学んでいるが、船を如何に安く造るかは全く学んでいない」という意味の一文があります。これはそれから半世紀以上経った今でも、そして米国に限らず我が国でも、そのまま当てはまります。私は造船工学科を卒業しましたが、学校で造船業の市場構造や経営プロセスやコストダウンに関する科目を教わった記憶はありません(不良学生だったからかもしれませんが)。

造船業は軍需主導で誕生し成長した産業であった影響からか、設計や製造の技術向上への熱心な取り組みに比べて、市場創造やビジネスモデル改革等のいわば「商売の技術」が疎かにされてきたと感じています。逆にそこに「今後はまだ白紙、自分たち次第」のチャンスがあるはずです。毎日そのようなことばかり考えてきて、気がつくと10年以上が過ぎました。今回はその夢想の一つを以下に述べます。

時は金なり

我々は「時は金なり」という言葉を子供のころから聞かされてきました。製造業における「時間」には二種類あります。「工数」と「期間」です。「速い」と「早い」の違いと似ています。造船のような成熟製品技術の業種は一般に市場も成熟して商習慣が固定化しており、後者の「期間」はいわば業界常識的に捉えられてあまり関心が払われず、もっぱら前者の「工数」、即ち人件費が差別化要因として注目されてきました。

例えば、10万トン級タンカーの製造工数は約20万時間です。造船所の規模や製造方法にもよりますが、これを10ヶ月前後の期間で建造するのが業界で一般的な数字です。では20万時間とは、日常生活に当てはめるとどういう数字でしょうか。

どちらも20万時間

私はプロ野球観戦が趣味で、ビジネスの現象を野球に喩えることが好きなので今回もそれを試みると、東京ドームにカープ対ジャイアンツ戦を観に行ったとします(余談ながらその場合はレフトスタンドです)。18時試合開始、スタンドをぐるりと見渡すと超満員で観衆5万人、試合は一進一退を繰り返して白熱し試合終了は22時をまわった。よくある光景です。ではこの試合で観客の皆さんが費やした工数合計は幾つでしょうか。5万人×4時間=20万時間です。即ち私が試合観戦に熱中している間に、数字だけで言えば10万トン級タンカー1隻ができあがる労力が私の目の前で費されたという計算になります。同じ20万時間の工数でも、期間は10ヶ月と一晩、この違いが造船におけるこれからの「時は金なり」ではないでしょうか。

製造期間短縮は業界内でもよく聞かれる目標ですが、その数字のオーダーは例えば10ヶ月を7ヶ月にといったものです。残念ながらこれは「ビジネスが変わる」という観点からすると五十歩百歩であり、大きなインパクトとは言えません。しかし、10ヶ月が一晩に、一晩が極端なら例えば数日間になれば、これは確実にビジネスを変えるはずです。値段が倍でも売れるかもしれません。

1万人が20時間(残業込みで10時間×2日)寄ってたかって1隻の船を造りあげる設備や生産技術は一朝一夕では実現しませんが、数字上は可能です。我が国造船業に従事する製造人数は少なく見積もっても数万人います。何事も、志しただけで事足りるわけではありませんが、少なくともまず志さなければ、永遠に実現には向かいません。私の代では実現しそうもない大構想ですが、忘れずに脈々と次世代に引き継いでいきたいと願っています。


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