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造船業の思考習慣を変えていこう「敗戦処理が好きな人々」

私はプロ野球観戦が趣味で、ビジネスの現象を野球に喩えることが好きなので今回もそういう話です。野球にご興味のない方々にはピンとこないかもしれませんが、おつきあいください。


「今日はひどい試合ですねえ。6回裏を終わって11対0、一方的な展開です」
「先ほどピッチャーの打順で代打が出たので、7回表からベテランのKが登板です。7回で11点差、気の毒ですが敗戦処理と言わざるを得ません」
・・・
「7回を終わりました。依然11対0です」
・・・
「8回を終わりました。遅ればせながら反撃して11対2です」
・・・
「ストライク!バッターアウト!」
「ピッチャーK、なんと7・8・9の3イニングを打者9人でパーフェクト!ベテランの技が光る見事な投球でした」
「9回の表終了、11対2で最後の攻撃に入ります。ピッチャーKの奮起に少しでも打線は応えたいところです」
・・・
「あー、平凡なライトフライ」
「3アウト、試合終了です」
「9回裏、打線が奮起して5点返して11対7まで迫りましたが及びませんでした」


野球ではしばしば見られる光景です。ピッチャーKのパーフェクトピッチングのおかげで点差は拡がらず、9回裏に9点取って追いつく可能性もゼロではありませんでした。結局今日は負けましたが、ピッチャーKのおかげで勝ち試合に投げるリリーフ投手は休むことができ、明日以降のチーム力確保に繋がりました。そしてピッチャーKも好投が評価されて次は勝ち試合に登板するチャンスを貰えるかもしれません。チームも今後の戦力になりそうなピッチャーが増えて助かります。9回裏の打線の奮起は明日の試合につながるでしょう。
野球ではこういう感性、即ち「敗戦処理をよく頑張った」「次の試合は期待できるぞ」でよいでしょう。

ここで我が造船業を見てみましょう。

造船業は作業対象物が巨大、作業場が広い、作業の繰り返し性が低い、ビジネスの時間軸が長い、といった要因から「たいへんだ!気づいたら日程が計画から10日も遅れている!」というような事態が頻繁に起きます。世の中の皆さんには信じ難いことかもしれませんが事実です。「それまで何やっていたんだ」という話ですが後の祭り、いわば6回裏が終わって11対0です。
そこでその10日遅れを今からどうやって取り戻すかという日程計画の見直し、即ちリスケジューリング(リスケ)を作業管理者が一所懸命考えて実行に移します。
しかしその結果は残念ながら例えば「3日挽回したけど結局7日遅れでようやく完了」という姿が典型です。考えてみればリスケして挽回できるくらいなら、初めから遅れずにできていたはずです。また万が一にも挽回できたとしても、挽回の過程で既に業績にダメージを与えています。例えば作業者を追加する、残業や休日出勤を増やす、外注に出す、等々。いずれも本来は不要だった出費です。
即ちリスケは敗戦処理です。敗戦処理をいくら上手に処理しても負けは負け。造船職場はその試合に勝たなければ必ず業績にダメージを与えます。

ところが我が造船業では奇妙なことが起きています。
日程遅れがしょっちゅう起きてリスケを考える作業管理者の負担が大きいあまり「自動リスケプログラムの開発」が造船DXのテーマにしょっちゅう挙がります。業界内外の優秀な人々が集まって、AI等を駆使してどうやって挽回計画の精度を上げるかを真剣に議論しています。
私には滑稽な光景です。自動リスケはプログラム技術的には高度でしょうが、その開発に注力するのは経営的には稚拙と言わざるを得ません。なぜならそれは「お金をかけて優秀な敗戦処理を目指す」だからです。抜群の能力を持った敗戦処理専用のピッチャーを育成することを春のキャンプの最優先テーマに掲げる監督・コーチがどこにいるでしょうか。
注力すべきは6回裏で11対0にしないことです。1回表の初球から1球1球サインを出して策を講じて、6回裏の時点で大接戦、9回表に1点差で勝つことです。優秀な敗戦処理ピッチャーを育てる暇があったら、粘り強い先発ピッチャーと繋がりある打線を育てるべきです。

こう書けば当たり前のことなのに、我が造船業では「優秀な敗戦処理ピッチャー育成」のような滑稽な光景が他にも見られます。
■予算オーバーで終わった案件のコスト実績を、1円単位で正確に集計・分類して美しいグラフを作る ・・・オーバーした時点で負け試合
■ミスや不良が多いから、チェックを強化する ・・・チェックしなければいけない時点で負け試合
■多数の部品が職場に散在して探すのがたいへんだから、RFIDで管理するシステムを導入する ・・・散らかっている時点で負け試合
■前工程が遅れるかもしれないから、前後工程間に余裕日数をもったスケジュールを作っておく ・・・敗戦処理どころか試合開始前から負けている

野球好きの私は「敗戦処理」を合言葉にビジネスや日常生活の現象に向き合って、我が造船業の思考習慣を変えていきたいと思っています。同志の皆さん、ぜひ一緒に変えていきましょう。

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