
#12 突然の訪問者
タクヤが悪いわけではない。彼は一生懸命リハビリに取り組み、今と戦っている。それなのに、私は今に目をそむけて、自分の人生を恨むことしかできていなかった。そんな自分が情けなく感じた。
タクヤの頑張りを目の前にして、私はいつまでもこの人生を否定し続けることはできなかった。私も今と向き合い、人生を見つめ直し、前に進むこと以外には自分が想像する理想の未来はないと思った。
私の中で、タクヤへの愛情が揺らぎ、少しずつ薄れていくのを感じていた。それで心が軽くなることはなかったが、少しずつ自分らしさを取り戻し、私は再び仕事に打ち込むことができるようになっていた。忙しい日々が戻ってきたが、それは私にとって救いでもあった。
病院に向かう足取りもわずかばかり軽くなった。
タクヤがリハビリを終えた後、病院の静かな一室で、お茶をしながら久しぶりにゆっくりと話をしていた。お互いの近況やリハビリの進捗について語り合い、穏やかな時間が流れていた。
「タクヤ、私と婚約していたこと、思い出した?」
と私は少し緊張しながら尋ねた。
タクヤは深く息を吸った後、ため息をつきながら真剣な表情で答えた。
「頭ではそうだと知っている…エリとの思い出はいっぱいあるけど、どれも不確かなものばかりで…」
その言葉に、私は胸が締め付けられる。
タクヤがどんなに不安定な状況でも彼の記憶が完全には戻らないことが、私にとって受け入れがたいものがあった。
この現実とどう向き合っていけばいいのか、答えは見つからなかいからこそ、私の想いは行き場を失ってしまったんだ。
タクヤも同じなのかも知れない。
「エリ、もう…」
とタクヤが何かを言いかけた瞬間、病室の扉が急に開き、誰かが入ってきた。その人はタクヤの名前を叫びながらタクヤに駆け寄り、タクヤを強く抱きしめた。
タクヤはその人を見て驚きの表情を浮かべた。
「ミホ…」思わず彼の口から出た名前が、部屋に響いた。
私はその光景を見て、驚きとともに心がざわめいた。
タクヤの表情から、この女性がタクヤにとって特別な存在であることが一目で分かった。
ミホは泣きながら、タクヤの肩に顔をうずめて言った。「タクヤ、心配でたまらなかったんだから…」彼女の声は震えていて、その言葉からタクヤへの深い愛情が伝わってきた。
タクヤは優しくミホの肩に手を置き、彼女をそっと離した。
「ミホ、オレは大丈夫だよ。心配はいらない。もう関係ないだろ」と微笑みながら言った。
私はその言葉を聞いて、一瞬息をのんだ。
ミホはタクヤの元彼女だと悟った。
私はミホとタクヤを見つめ、心の中に湧き上がる複雑な感情を抑えつつ、静かに言葉を口にした。
「私…帰るところだったから…あとはごゆっくりどうぞ」
ミホは戸惑いながらも、すぐに話し始めた。「もしかして、タクヤの婚約者さんですか?ごめんなさい。どうしてもタクヤと会いたくて、やっとここに入院していると聞いて、来ただけなんです。お邪魔して失礼しました」
ミホが急いで部屋を後にした。その後ろからついていき、私は声をかけた。
「ミホさん、タクヤのこと、まだ未練があるんですか?」
ミホは立ち止まり、少し振り返って答えた。「未練はないです。ただ、どうしても会いたくて…」一瞬、言葉を選ぶように沈黙が訪れた後、「婚約者さんと別れていなくて安心しました」と、少し微笑みを浮かべていた。
私はミホにタクヤのケガの状態を長々と話していた。
ミホは私の話を聞いて、驚きを浮かべながらも黙って聞いていた。
そして、意を決して尋ねてきた。「婚約はなかったことにするんですか?」
その問いに対して、私は一瞬言葉が詰まった。返す言葉が見つからず、
ただ静かにミホの目を見つめていた。
そのまま立ち尽くし、心の中でいくつもの感情が交錯したが、
何も言葉にはならなかった。
ミホもまた、私の沈黙を受け入れながら、そっとその場を離れていった。
私は少しの間、そこから動けずにいた。
私はタクヤのところに戻ろうと後ろを振り返ると、そこにタクヤが壁にもたれながら立っていた。そして、静穏に話し始めた。
「さっき言いかけたこと…。エリ…もう一人にしてくれないか…いろいろなことが頭の中で混乱していて…今まで寄り添ってくれて、ありがとう。でも、このままだとお互いにとって…。エリもそう思っているんじゃないか…?」
その言葉が胸に突き刺さるように響き、
私は深くうなずいた。