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「運がいい」とは

突然ですが、私は運がいいです。

財布を落としても、戻ってきました。
四葉のクローバーは4回見つけました。
小学校の頃の行事、大概晴れました。
他にもたくさん…

では、運がいい人と、運が悪い人は何が違うのか?

ある日、あなたは階段から落っこちたとします。そうなったと想定して、あなたは何を考えましたか?

考えたら先に進めてください。







何が真っ先に思い浮かびましたか?


「最悪。」
「明日からどうしよう。」
「痛い。」
「なんで自分なん?」
「もっと足元を見とけばよかった。」


などなど、あると思います。
当てはまるものはありましたか?


運がいい人はこう考えるそうです。


「命が無事でよかった。」と。


同じ事象が起きても、捉え方ひとつで、

「階段から落ちて、私は運が悪い。」

と思う人もいれば、

「階段から落ちたけど、私は運がいい。」

と思う人もいるのです。


いわゆる、自分の考えの選択の積み重ねが、運となるのです。

運がいい人は、物事の良い面を、たくさん見つけられる人です。私の得意分野かもしれません。

先に挙げた、財布をなくしたときも、スーパーで買い物をしたときに、カートに財布を入れたカバンごとかけて、忘れて帰ってきたのを、数時間たってから気づきました。「そこにあるかも!」と思い出したときには、スーパーはもう閉店していました。その日は諦めて、次の日にそのスーパーに探しに行くことにしました。

この時点で、夫はとても怒っていました。それとは正反対に、私は「きっと、あるやろ。私、運いいもん。」と、根拠はないですが信じていました。

次の日、スーパーに行くと、ニアミスで、スーパーのおばちゃんが、「気づいた人が届けてくれたんやけど、ついさっき交番に持って行っちゃったのよ。」と教えてくれました。

しかし、続けて、「本当についさっきだったから、今行ったら間に合うかもしれない。」と言って、近くの交番まで、一緒に着いてきてくれたのです。

そして、その交番では、もう少しで落とし物の課に手続きされてしまうところでしたが、ギリギリセーフで、無事、財布は私の手元に戻ってきました。

私は、「おばちゃん、着いてきてくれてめっちゃいい人!」「おばちゃん、交番に届けてくれてありがとう!」そもそも「拾って届けてくれた人ありがとう!」「お巡りさん手続きまだでラッキー!ありがとう!」「財布見つかった!ラッキー!」

と5つもの運のいいことが重なり、財布が無事に手元に戻ってきて「私はなんてラッキーなんだ!」と思いながら、とてもハッピーな気持ちで家に帰りました。

当然、財布が戻ってきて、夫も喜んでくれると思っていたのですが、そんな私に夫はこう言いました。

「あなたなんで、財布なくしてるのにそんなに危機感ないの?」

私のハッピーだった気持ちは、飛んでいきました。
そして、むしろ、なんで見つかったのに一緒に喜んでくれないの?

とすら思いました。

夫は、「俺は運が悪い」と言います。

でも、それは、夫の思考の選択によるものだと思うのです。

確かに危機管理も必要ですが、この件に関しては「財布が無事に戻ってくる」がゴールだったので、せいぜい「次から気をつけや。」くらいだったらまだよかったのですが、こういった価値観が合わなかったのも、夫とうまくいかなかったところだと思います。(階段の話は夫にもしましたが、反論されただけでした。)

私は、今後一緒にいるなら、そういう捉え方ができる「自分は運がいい!」を選択をできる人と、一緒にいたいです。

なぜなら、それも運の選択だからです。

虹が出ていても、空を見上げないと気づけないのです。運はそこら中に転がっています。

これを読んでくれたあなたも、
たくさんの運を拾えますように。


#自分で選んでよかったこと

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