壁のようなディフェンスをつくれ!~日本が世界に誇るJアスリート・道徳教科書に載せてほしいスポーツエピソード(3)
第3回はロンドンパラリンピック・金メダルの女子ゴールボールチームです。日本のパラリンピック史上初の団体競技での金メダルです。
1 はじめに 静寂の中の死闘~ロンドンパラでの金メダル 2 教材 壁のようなディフェンスをつくれ! 3 おわりに 浦田理恵選手の話
1 はじめに 静寂の中の死闘~ロンドンパラでの金メダル
パラリンピックの種目にゴールボールがあるのをご存知でしょうか? 見たことない!という方は、まずは下のゴールボール協会の動画をご覧ください。
いかがでしょうか?このパートタイトルにある「静寂の中」の意味がご理解いただけたかと思います。以下に簡単ではありますがルールを書き出しておきます。
①1チーム3名で対戦。 前半12分、後半12分、ハーフタイム3分で1試合となる。正規の時間で勝敗が決まらなかった場合は延長戦となり、前半3分、後半3分で勝敗を決める。それでも勝敗が決まらなかった場合はエクストラスロー(1対1のペナルティースロー)で勝敗を決める。 ②アイシェード 視力の差が影響しないようにアイシェード(目隠し)をする。
③コート 縦18メートル、横9メートルでバレーボールコートとほぼ同じ。なお、コートラインの下には、直径3ミリのひもが通されており、選手は手や足でラインを触って自分の位置を確認する。 ④攻撃 鈴の入ったボール(バスケットボールの約2倍の重さ)を転がして相手ゴールをねらう。ボールを受けたときに肋骨を折る選手もいる。足音や鈴の音を消して移動して投球する戦術や、ボールを持ったまま一回転して遠心力を利用する「回転投げ」もよく使われる。
⑤守備 3人が体を投げ出してゴールを守る。転がってくるボールの鈴の音や、投球者の足のステップの音などを聴き分け、床に横っとびしてゴールを守る。ボールが選手間を抜けたり、身体に当たったボールがゴールにならないように、守備位置を細かく調整するなど、チームメートとのコンビネーションも重要なポイントになる。
私はこのロンドンパラの決勝・対中国戦を偶然にもテレビで見ました。それ以来、センターで「司令塔」の浦田理恵選手の大ファンとなり、その後東京で行われた対豪州との国際試合を観戦に行ったほどなんです。
この時、体験タイムがあったので私もやってみましたがとにかくボールが重い!ボールの中の鈴の音を聞いて・・・さっぱりわからない!という感じ。やはり「プロ」は違います。彼女らは「超人」です。ちなみに浦田選手とは廊下ですれ違いました。「応援してます!」と声をかけようとしたのですが〝憧れの人〟を前に勇気が出ませんでした。一生の不覚です。
私はこのロンドンパラの決勝はいわゆるジャイアントキリングの典型だと思っています。では、なぜそれが可能になったのか。なぜ金メダルにたどり着いたのか。自分の長所や強み、特徴を生かすことが道を開く、ということに気づいてほしい教材です。
2 教材 壁のようなディフェンスをつくれ!
パラリンピックでは日本として初の団体競技金メダルに輝いた女子ゴールボールチーム。決勝ではパワーで圧倒する強豪・中国と死闘を繰り広げ、1-0のわずかな差で勝利。見事なディフェンス力で準決勝まで37得点の中国を封じました。
金メダルへ向けて日本チームは独自の作戦を立てていました。
日本人選手は身長が低く、細身なのでそれぞれが個人でディフェンスしても抜かれてしまいます。そこで編み出したのが3人がすき間なくならぶ「壁のようなディフェンス」です。しかし、いくら3人がピッタリ並んでも9mはうまりません。そこで、18m先の相手がボールを投げるときの位置とコースを読み切って3人の壁を右へ左へと移動させる作戦を考えたのです。
しかし、目が見えないのに相手の投げる位置とコースをどうやって読み取るのでしょうか。センターの浦田選手がボールの出だしを探り当て、2人に伝える「司令塔」となりました。
浦田選手は9mのコートを50cmきざみで18ブロックに区切り、どのブロックからボールが投げられたのかを探る練習をしました。始めはとても無理だと思いましたが、練習を重ねることで相手が腕をふるときの鈴の音、移動する足音、踏みこんだときにシューズがすれる音をなどわずかな音を聞き分けて正確に位置をつかむことができるようになったのです。
パワーのある外国人選手があやつる魔球バウンドボール(大きく跳ね上がる)に対しては3人の協力によって止めるしかありません。1人に当たって跳ねたときは必ず残りの2人が後ろにまわり込んでカバーします。もちろんボールは見えません。しかし、練習を重ねて体の上に跳ねたボールの気配を感じることができるようになっていきました。
また、攻撃も大柄な外国人にパワーで劣る日本チームはすばやく投げる速攻やタイミングをずらす投法で少ないチャンスを確実にものにする作戦を立てました。
ロンドンパラリンピック後に、スポーツジャーナリストの二宮清純さんがキャプテン小宮正江さんと守備の「司令塔」浦田理恵さんにインタビューを行っています。
二宮:決勝戦ですが、前半4分で先制したものの、そこから均衡状態が続きました。相当なプレッシャーがあったのではないですか?
小宮:中国は予選から圧倒的な力で勝ち上がってきていましたし、中国がどれだけ強いかということは十分に分かっていました。でも、コーチが明確に戦略を出してくれていましたから、あとはそれをコートで実践するだけだったんです。
二宮:最も得点能力の高い中国のセンターの選手にボールを触らせないように、両サイドにボールを集めるようにするという作戦ですね。
浦田:はい。センターの選手からのボールは強いので、そこから速攻をされないように、両サイドにストレートかクロスのボールを入れるということ。それと、ゴールボールはボールを取ってから10秒以内に投げなければいけないというルールがありますので、少しでも時間を使わせてあわてさせるために、両サイドへのボールもディフェンスに当たってラインの外に出るように、ギリギリをねらっていました。
二宮:そうした戦略が当たって、前半4分に安達選手が先取点を挙げましたね。
浦田:中国のセンターの選手は、自分がボールを取って投げたいがために、両サイドへのボールを取ろうと、徐々に守備範囲が広がっていたんです。足首は両足を揃えずに、少し上げて挟むようにしてボールを取るのですが、中国のセンターの選手はふとした瞬間に両足が下に落ちて、ボールが弾かれやすいようになっていました。そこに当てにいくという戦略が見事に当たったゴールでした。
二宮:戦略としてはわかりますが、アイシェードで全く見えない状態で、どうやって当てにいくんですか?
浦田:普段の練習から、相手選手の身体のどの部分にボールが当たったか、音を聞き分ける「サーチ」というトレーニングをしているんです。ですから、試合の中でみんなでサーチをしながら「すねの部分に当たっているね」「今のはセンターの手先だね」「じゃあ、あとボール1個分、中に入れようか」といったような細かいことを言い合いながら、私が最終的な判断を下して指示を出しているんです。
小宮:一人一人がサーチをして声を出し合っていく中で、実際は見えないコートが頭の中でイメージすることで見えてくるんです。まさに中国戦は、相手の動きがはっきりと見えていました。
二宮:それまでスポーツ経験がなかった浦田さんですが、今では守備の要として欠かせない存在です。
浦田:私は身長も大きくはないですし、スローイング力も他の選手に比べると弱い。だったら、何が自分の武器になるんだろうと考えた時に、相手からのボールをサーチして守備をするという点においては、得意でしたし好きでもありました。その部分を誰にも負けないくらい磨こうと。逆に、そこを極めるくらいでなければ、日本代表としてコートに立つことはできないと思いました。
※「特別の教科 道徳」の内容「A主として自分自身に関すること」の「個性の尊重」小学校5・6年「(4)自分の特徴を知って、短所を改め長所を伸ばすこと」中学校「自己を見つめ、自己の向上を図かるとともに、個性伸ばして充実した生き方を追求すること」
※発問例「日本チームが金メダルにまでたどり着くことがきたのはなぜでしょう」「自分より強いと思われる相手に勝つにはどんな心構えが必要でしょうか」(ここで言う「相手」とは人・出来事も含む「困難」に置き換えて考えて下さい)
3 おわりに 浦田理恵選手の話
浦田理恵さんは別のインタビューでこんな話もしています。
「目隠しをするので、見えないことが逃げ道にならない。自分を言い訳のできないところに置いて、どこまでできるか。自分への挑戦でもあったんですね」
「地下街を歩くときは、自分の足音の反響音を聞いて、左右の壁からの距離を判断します。その真ん中を歩けば点字ブロックがないところでも大丈夫。通勤時間は徒歩20分なんですけど、お店の揚げ物やコーヒーの匂いでも、『ああ、あと60歩で左に曲がるんだな』なんて判断します。目で見ることだけが『見る』ということではないんです。音、匂い、気配……。いろんなもので『見る』ってことを、ゴールボールから学びました」
「できないことではなく、できることを数えましょう」
「あきらめなければ、自分自身の金メダルは誰にでも取れるんです」
下は浦田選手のカッコいい動画です。
<参考文献等>
*竹内由美『浦田理恵 見えないチカラとキセキ』(学研教育出版 2013年)
*HP「二宮清純の視点 第1回 快挙の舞台裏 ゴールボールの世界に迫る」『挑戦者たち これが障がい者スポーツだ!』