14.裏目だらけで毎日喧嘩
カラオケが大好きな人でしたが、ばあちゃんの声は、か細くて聞き取りにくい声でした。
私が幼い頃は、どちらかというと祖父が声を張り上げて、竜哲也の『奥飛騨慕情』を歌う横で時折、祖父から「お前も歌え」と命令されて、蚊の鳴くような声で島倉千代子の『鳳仙花』を恥ずかしそうに歌うだけでした。
それが、いつのまにやら、カラオケ教室に通って、自転車で遠方のスナックまで歌いに行き、近所のカラオケ設備のある知人宅で夜遅くまで歌いまくり、旅行へ行けばマイク離さず…という風になっていました。
見守り介護の泊まり込み中、ばあちゃんに「なんでカラオケ習ったの?」と聞いてみると、祖父から『お前は歌が下手くそだ』といつもバカにされていたのが悔しくて、いつか見返してやると始めたそうです。
どこまでも負けず嫌いな人です。
そんな風に歌が好きなら、喉のケアに気を使うかというと、飴が好きでよく舐めていた以外はあまり気にしている風でもなく、よく咳き込んでいました。
寝ている時にもよく咳き込んでいるため、湿気があった方がいいかと思って、ベッドの頭の辺りに濡れタオルを掛けてみたり試行錯誤。
ホテル宿泊の乾燥対策を真似て、自分がお風呂から出た後に、風呂の蓋をせず、入り口も全開で開け放って寝てみました。
少し夜中の咳の頻度が減ったような気がしたので、これを毎日続けようと思っていたところ、珍しく朝食後にシルバーカーで、家の廊下を往復運動していたばあちゃんから言われました。
「なあ、なんで玄関のドアがこんなに湿気があるん?」
「ああ、ばあちゃんが毎晩咳き込んでるから、お風呂の蓋と入り口開けて、湯気を充満させたから、たぶんその湿気」
この時、私の脳内は「そっか、ありがとな」という答えが来ると予測していました。
だからびっくり。
「あのさ、それやんねぇでくれる?ドアが湿気んなるんじゃ、やらねぇでくれ」
「ええ!なんで?だって、ドアが湿気っちゃうより、夜中、咳する方がヤでしょう?」
私も食い下がりましたが、ばあちゃんは、自分が咽せて咳が止まらないことよりも、家が湿気ってしまう方を拒絶したのです。
そういう人です。
でも、この頃の私は、少しでも健康に、快適になってほしいということばかりに気が行っていたので、その場で「わかったよ」と答えて、毎晩風呂の蓋と入り口を全開で開け放っていました。
ばあちゃんからしたら孫が言うこと聞かず、逆らってる訳ですから、さらに怒ります。
「ま〜た、風呂開けてたんか!湿気っちゃうから、やめてくれっていったがな!」
「だって、咳が出ない方がいいでしょ!カラオケ行って歌いやすい方がいいでしょ〜がっ!」
「そんなこと言ったって、玄関が湿気っちゃうんだよ!」
「玄関が湿気っちゃうぐらい、健康に比べたらどうでもいいがっ!」
毎朝、こんな不毛な喧嘩を続けていました。
あの頃の私は起きるのがばあちゃんより遅かったし、良かれと思ってやることなすこと文句言われて喧嘩になっていたので、ばあちゃんへの配慮ができてなかったな…と思います。
今思えば、ばあちゃんより先に起きて、風呂開けっ放しがバレないように、玄関のドアの結露を拭いておけばよかっただけなのかも知れません。
晩年は、風呂を開けっぱなしにしていても、ばあちゃん自身が玄関の結露チェックするほどのパワーがなかったので、このことで喧嘩にはなりませんでした。
そう考えると、「年寄りなんだから優しくしてやれ」と言われるぐらい、毎日毎日喧嘩しまくっていた頃は、病に倒れてもまだばあちゃん自身に生きる力が漲っていたのかも知れません。
そして、手前味噌的に自分をフォローしておきますと、散々に喧嘩はしていたけれど、施設では「孫が良くしてくれる」と周囲に話していたそうです。
ドツボにハマるぐらい疲れる前に、介護する相手と喧嘩してみるのも、お互いのためにいいかもしれません…私たちだけ?
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