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「読まず嫌い」や「読み捨て」をする読者の意識を変えるには?
小説が本当の意味でヒットするには、そして作品だけでなく「作家」を追いかけてもらうためには、「読者」の意識変革が必要(「作者」の努力だけでは足りない)…
そんなことを、過去記事で何度か書いてきました。
ですが実際、読者の意識を変えるには「何」が必要なのでしょうか?
そもそも現状、読者の意識の「何」に問題があるのでしょうか?
今回はそのあたりを深掘りしてまとめていきます。
■「読まず嫌い」のバイアスを打ち砕かないと、そもそも読んでもらえない
皆さん、中身を知らない小説の「読む・読まない」を決める時って、何を基準に選んでいますか?
数字ですか? 順位ですか? タイトルですか? ジャンルですか?
でも、そうやって一度「読まない」を選択した小説が、後になって読んでみたらとてつもない「当たり」で、「もっと早く読んでおけば良かった!」と後悔することって、ありませんか?
読者の作品選びの「判断」って、所詮はそれくらい「アテにならない」ものなんですよね…。
何の根拠も無いフワッとした「感覚」で「読まず嫌い」して、「本当はものすごく面白い小説」を読み逃していることって、多いのです。
読者にとっても損な「読まず嫌い」ですが、作者側から見たらこれは「死活問題」です。
ちゃんと読んでもらえていたら評価されたはずなのに、そもそも読んでもらえてすらいないのですから…。
「読まず嫌い」は、どうすれば無くせるのか…
それは、様々な種類のある「読まず嫌い」の思い込みを、1つ1つ潰していくより他ありません。
たとえば、ブクマやポイントの数値が高い作品しか読まない「数値信仰」の読者…
そんな読者には「数値なんて中身が伴わなくても(運や戦略次第で)伸びるものですよ」「数値が高いから面白いとは限りませんよ」という「現実」を語ることで「数値が高い=おもしろい」という思い込みを打ち破ろうと試みています。
あるいは、順位の高い作品しか読まない「ランキング神話」に囚われた読者…
そんな読者には「ランキングって、年代や性別の違いでだいぶ差が出ますけど、そこの所、見えていますか?」「そもそもランキングの精度を見定めた上で参考にしていますか?」と疑問を提示することで、思い込みを打ち破ろうとしてみています。
読者がそれまで真実だと「思い込んでいた」ものを打ち砕くということは、自然「否定」から入る形になってしまいますので、イメージ的にそこがネックではあるのですが…。
何かを「否定」している、あるいはネガティブなことを語っているというだけで敬遠する読者の方って、昨今多いんですよね…。
ネガ→ポジ転換(問題・課題を伸びしろに変える)を知らない方が多いってことでしょうか…?
小説投稿サイトというものは、どんなに面白い作品でも必ず0ポイントの低順位からのスタートです。
「数値信仰」や「ランキング神話」に囚われた読者ばかりが溢れていると、どんなに面白い作品でも、まず「読んでもらう」ことすらできず埋もれていくのです。
しかも「数値」や「順位」はタイトルやジャンルと違い、作者自身にはどうすることもできません。
訪問者数や評価の高低など、たまたま「読者の多い時間帯にUPできた」や「ガチャに成功して好みの合う読者が来てくれた」などの「運」も大いに関わってきます。
そんな自分ではどうにもできない「数値(順位)の差」で、日の目を見ずに埋もれていく、あるいはライバルに競り負ける…それって「もったいない」にもほどがあると思いませんか?
「数値」や「順位」に囚われずに作品を選んでくれる読者が増えないと、中身をどんなに面白くしようと、タイトルにどんなにインパクトを持たせようと、あらゆる努力や工夫が「無」にされてしまうのです。
■読者が「検索」を覚えないと、作品と出逢ってもらえない
「ランキング」や「ポイント」で作品を選ぶ読者が多い背景には「そもそも、そういう作品でないと『露出』が得られないから」という理由もあります。
小説投稿サイトって、だいたいどれもTOPページにはランキングがどーんと出ていますよね?
(そしてランキングというものは大概、ポイントの高い順で順位がつくものです。)
ですが、そのランキングに載っていない作品を「何」から探したら良いのか…皆さん、考えたことはありますか?
過去記事でも何度か触れていますが、小説投稿サイトは作品数に対して「露出」の機会があまりに少なく、それが「良い作品が埋もれてしまう」一因にもなっています。
この問題を打ち破るためには、読者が「たまたま目についた場所から作品を選ぶ」のではなく、「自分の意思で自分好みの作品を検索する」ことが必要不可欠です。
読者が「検索」を使いこなせるようになれれば、ランキングに載らない作品でも読者と出逢うことができるようになります。
また「その時々の人気やトレンド」ではなく「読者自身の好み」で作品を探してもらえれば「作品が、それを求めている読者とピッタリ出逢える」マッチングの確率も上がるのです。
ランキング上位作品が「自分の好みと合わない」って、普通にあることなのですが…
そこの「好みの不一致」をまるで考えずに「1位なのに面白くない」と言っている読者の方って、いらっしゃるんですよね…。
(※自分と「好みが真逆」な層が選んだランキングだった場合、当然そういうことになります。いわゆる「Not for me」というやつです。)
検索機能というものは、小説投稿サイトには必ずついているものなのですが…
サイト初心者だとこの機能に気づいていない、あるいは機能の場所や、機能の使い方に気づいていない方もいらっしゃるかと思いますし…
機能に気づいたとして、それを上手く使いこなせていない読者の方も多いのではないでしょうか?
なので、少しでもそういう方々の助けになればと、自分なりの「検索の使い方」をまとめてUPしています↓。
世間では「少しでも露出を得るために『毎日投稿』する」など投稿方法に関する戦略が溢れていますが…
作者の側ばかりがそんな努力や苦労(さらにはクオリティー低下のリスクも)を強いられるより、読者の検索スキルが上がることで「作品が読者の目に触れる確率」がUPする方が、ずっと良いと思いませんか?
そもそも投稿頻度を安易に増やす戦略は、作者の執筆環境によっては過労につながり「生命のリスク」があることなので、普通にオススメできないのです。
そもそも、どんなに頑張って露出を増やしたところで、その作品が「読者の好み」と合わなければ結局は評価してもらえません。
だったら、読者が自力で「好みの小説」に逢いに来てくれるようにした方が、作者にとっても読者にとってもWin-Winになると思いませんか?
■読者が「先入観」に囚われていると、正当な評価が為されない
皆さん「ハロー効果」ってご存知ですか?
簡単に言えば「人は肩書に騙される」「他人の評価に踊らされる」ということです。
ちなみに「ハロー」は挨拶の「Hello!」ではなく、神聖な人物や神仏の後ろ(あるいは頭上)に描かれる「後光」や「光輪」「光背」(halo)のことです。
皆さん「人気」や「評価」に釣られて読む作品を選んだことはありませんか?
そして、その作品が「思ったより面白くない」と感じても「これだけ人気なのだから、何か人気につながる理由があるはずだ」と、必死にそれを探そうとしたりしませんでしたか?
または「皆がこれを推しているのだから、きっとこれが世間にとって『おもしろい』なんだろう」と、『裸の王様』の国の民のように自分を納得させて、周りに合わせようとしませんでしたか?
あるいは、その「真逆」をやったことはありませんか?
自分が面白いと感じた作品が、思ったような数値や順位でなかった時「これを『おもしろい』と感じるのは、自分だけなのかも知れない」「自分は感性がズレているのかも知れない」と不安になり、その作品を評価することを躊躇った…そんなことはありませんか?
既に数値や順位で「人気」が見えている作品は評価しやすいけれど、それが見えない作品には評価をつけづらい…
人間には、そういう所があるのではないでしょうか?
(そもそもレビューなどの形で自分の評価・感想を発信できる読者自体が少ないんですけどね…。←過去記事でも既に書いていますが「なろう」さんのレビュー投稿率は全体の1%。)
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ですが、上でも書いてきた通り、数値は「おもしろい」から上がるとは限りません。
そもそも、どんなに「おもしろい」作品でも、まずそれを評価してくれる読者がいなければ数値は0のまま…
数値を伸ばすのが一番難しいのは、0から1へ伸ばすこと。
そしてその次に難しいのが、低い数値からある程度高い数値まで伸ばすことです。
(上にも書いてきた通り、数値や順位が低いと、それだけで目にも入れてくれない人間はいるものなので。)
さらに、小説投稿サイトでは常に他者の足を引っ張ろうとする「不正」も問題となっています。
(ガイドラインの禁止事項で「不正行為」が禁止されているのは、翻せば、中にはそういうことをするユーザーがいる、ということです。)
真偽のほどは確かめられませんが、小説投稿サイトの「その他」や「ノンフィクション」カテゴリーを漁ると「不正」に遭ったと思しきユーザーの経験談がいくつも載っています。
(具体的には、作品を読んでいないと思しきユーザーから的外れな感想・評価がつけられたetc…。)
実際自分も、とあるサイトで同じ星の評価が大量にバラまかれているのを見たことがあります。
(自分が見た時は「外部投稿」の小説を狙い撃ちにして、同じ数の星の評価ばかりがついていました。)
人は「既についている評価」に影響されやすい生き物…
ならば「不正に他作品を貶める評価」は、読者の意思を誘導し、本来なら評価されていたはずの作品を埋もれさせかねません。
この問題を解決する方法は簡単。
読者が「他人の評価」を気にせず、自分自身にとっての「おもしろい」を信じれば良いのです。
そもそも「不正な評価」や、自分とは好みも価値観も違う「他人の好み」に振り回されて、自分にとっての「おもしろい」を見失うなんて、人生の損だと思いませんか?
(…とは言え、無意識に人目を気にしてしまう現代人には、これが案外難しいことなのかも知れませんが…。)
なので「他者の意見に振り回されて損をする読者・作者が出ないように」と、レビューの見方に関する記事も投稿しています。
こうやって「他者の感性」と「自分の感性」の違いに気づいてもらうことが、読者が「本当におもしろい小説」を選べるようになる第一歩なのではないかと思うのです。
■過剰な「トレンド戦略」は「読み捨て文化」を招く
少し前に爆発的ブームを起こした本が、今では中古書店に溢れている…そんな光景を見たことはありませんか?
メディアやSNSの発達した現代、一度ブームに火が点くと一気に人気が爆発し売れまくる…そんな作品も少なくありません。
ですが、そうして集まってきた読者の全てが、その作品を愛してくれるとは限らないのです。
むしろそこには「トレンドに乗りたかっただけ」「人気だから手に取ってみただけ」の「熱しやすく冷めやすい」ライトな読者が多々存在します。
そんな読者は、ブームが去ればあっと言う間にその作品に飽き、まるで「使い捨て」ならぬ「読み捨て」のごとく、本を手放してしまうのです。
中には作者のサイン付きの本も普通に売られていて、手に取った時に何となく切なくなります。
…と言うか、転売予防であろう個人名入り(〇〇さんへ)サインでも普通に売る人がいるんだな…とビックリすることがあるのですが…。
あるいは作り手の方でも「トレンドに乗りさえすれば売れる」「ブームさえ起こせれば売れる」と、クオリティーを疎かにして粗製乱造している所があるかも知れません。
中古書店に溢れる「手放された本の数々」は、そんな作品たちの「なれの果て」なのかも知れません。
世間というものは「売れた数」はカウントしても「(中古書店に)売られた数」はカウントしません。
自分などは某ネット中古書店の「入荷アラート」をよく設定するので、話題の本がネット中古書店に「売られる」と、ある程度それが分かるのですが…
発売してまだそれほど経っていないのにドサドサ入荷する本などは、つい「読者満足度が低かったのかな…」と邪推してしまいます。
中には発売から1ヶ月経たないのにアラートが止まず、すぐにアラート上限に達してしまったものさえあります。
その作品の場合は「売り方」がいろいろマズかったのですが(←誤解を招くような売り方になっていたため「騙されて」買ってしまった方が「期待を裏切られ」て即売り払ったのではないかと推測。「売り方」に関しては作者の方はノータッチかと思われますので、どこが「戦犯」なのかは分かりかねますが…)。
なにげにアニメ化さえした作品なんですけどね…。
ちなみに自分は「内容を知らない作品」の1巻目や最初の方は中古や電子書籍のセールで買ってみて、おもしろかったら新刊をリアルタイムで追う派です(できれば作者にお金を落としたいのですが、経済的にそこまで裕福ではないので…)。
売り手側からすれば「後で中古書店に売り払われようが、最初に売り切ればそれでいい」という感覚なのかも分かりませんが…
それでは「次」が続きません。
読者が1つ1つの「作品」ではなく「作者」を追うようになるためには、まず最初に手に取った作品に「満足」して「次もこの人の作品が読みたい」と思ってもらうことが必要です。
読み終わって即手放されるような作品では「次」まで追いかけてもらえません。
読者に「ファン」になってもらいさえすれば、派手に宣伝しなくても、無理にトレンドに乗らなくても、強引にブームを作らなくても、自然と「次」を手に取ってもらえるのに…
1つ1つの作品を「読み捨て」させて、新しい作品を創るたびに「トレンド」を必死に追う、「ブーム」を無理矢理作るって、最低にコスパが悪くありませんか?
そもそも作品が「読み捨て」されるのは、読者が作品を「自分の好み」ではなく「トレンド」「ブーム」で追っているからです。
「本当の好き」ではなく「流されて、何となく好きな気がしているだけ」なので、すぐに飽きられて捨てられてしまうのです。
「トレンド」「ブーム」を煽り、それに乗っかって作品を選ばせるやり方は、結局は「読み捨て」文化を助長するだけです。
それに、こういったバズリ型のヒットって実は、その後の急速な衰退を招きやすいのです。
「一世を風靡したトレンド商品」が、今は見る影も無い…あるいは売っていた会社自体が潰れてしまっている…
そんなことって、よくありますよね?
「その年の流行語大賞に選ばれた芸人は一発屋で終わる」というジンクスがあるように、爆発的に流行したものは飽きられる速度も急激なのです。
創り手・売り手を長く存続させるのは、結局「一時の爆発的ヒット」より「長く愛されるロングセラー」です。
数字に目が眩んで刹那的な戦略ばかり選んでいると、結局は自分の「クリエイターとしての寿命」を縮めてしまうことになるのではないでしょうか?
■「読者に合わせる」ばかりでは、作者はジリ貧で力尽きる
「読者のニーズを追う」という言葉があります。
自分も、それ自体は間違っていないと思います。
しかし、問題は「どこまで」それを追うのか、ということです。
人間の欲望には際限がありません。
「もっと好みに合ったものが読みたい」「もっと早く更新して欲しい」「もっとたくさん読みたい」「もっと読みやすい短文にして欲しい」etc…。
そのニーズは、作者の「人間」としての限界など軽く超えてきます。
1日24時間のうち、自由に使える時間に制限のある中、読者のニーズを際限無く追っていけば、環境に恵まれていない者・健康に恵まれていない者から先に力尽きていきます。
ジャンルに得意・不得意のある中、ランキング上位のトレンドばかりを追っていけば、そのジャンルが不得意な者から脱落していきます。
そして、そうやって必死に努力と工夫を重ねたところで、読者に作品を探す意思が無かったり、読者が妙な先入観に囚われていたりすれば、1ページも読んでもらえることなく作品が埋もれていくのです。
もうそろそろ「作者」ばかりが負担を負うのは、やめにしませんか?
「読者」に少し意識を変えてもらうだけでも「作者」が報われる可能性は上がるのです。
「ニーズを追おう」「トレンドに合わせよう」「投稿の仕方を工夫しよう」と、作者ばかりが労力を払うのではなく…
読者に働きかけ、ほんの少し意識を変えてもらうことで、自分が報われる可能性を増やす…
そんな活動の仕方も、アリだと思うのです。
■読者の意識を変えるには、それが「当たり前に語られる」ことが大事
作者や作品が報われるためには、読者の意識を変えることが必要です。
しかし、実際問題、それ自体がかなりの難問です。
なぜなら読者のほとんどは「自分の中の問題点」に気づいていないでしょうし「自分の意識を変える必要」も感じていないでしょうから…。
とは言え、方法が無いわけではありません。
まず必要なのは「問題に気づいてもらうこと」です。
そのために、1人でも多くの読者の目に触れるよう、そんな「問題点」を記事にまとめて投稿してきました。
中身を読んでもらえなくても、記事タイトルが目に触れるだけでも、読者の意識の片隅にそれが残る可能性はあります。
そしてできれば、こうした問題点が多くの人の間で当たり前に「語られる」ようになれば良いと思うのです。
読者の中には、まだ「数値が高い=おもしろい」「順位が高い=おもしろい」という思い込みに囚われた人も多くいると思われます。
そんな人の耳に「数値が高いから必ず面白いってわけでもないのに、未だにそんなことで作品を選ぶ人がいるんだな」という声の1つでも届けば、そこから意識が変わっていくこともあるのではないでしょうか?
読者が思い込みに囚われ、数値に踊らされて「自分にとっての本当に面白い作品」と出逢えないのは、読者にとっても作者にとっても小説界全体にとっても損なことです。
小説というコンテンツが、昨今マンガやアニメ、ゲームや動画など様々な他コンに押されて低迷気味なのは、実はこうして戦略やトレンドばかりが先行して「本当に面白い作品」が見出されていないせいだったりはしないでしょうか?