「バイバイ」は永遠の別れを意味するか?ドラマ『いちばんすきな花』第5話
※この記事は、ドラマ『いちばんすきな花』の第7話までの内容を含みます。『いちばんすきな花』はFODで配信されています。
フジテレビ系で10月から放送中の連続ドラマ『いちばんすきな花』。このドラマの主人公は潮ゆくえ(多部未華子)、春木椿(松下洸平)、深雪夜々(今田美桜)、佐藤紅葉(神尾楓珠)の4人です。
第5話では、紅葉の同級生との再会が描かれました。2人の再会は悲しい結末を迎えます。その同級生が紅葉に告げた言葉は「バイバイ」でした。この「バイバイ」は永遠の別れを意味するのでしょうか?それとも2人はまた会えるのでしょうか。
紅葉にとっての友達
紅葉にとって友達とは、何かの役割を引き受けることで繋がっている関係でした。紅葉は友達から、文化祭の実行委員や同窓会の幹事、ナンパや合コンへの協力を求められます。それらの友達から、紅葉は「パンダ」と呼ばれていました。それは、紅葉がパンダに似ているからではありません。「客寄せパンダ」という意味です。「客寄せ」として、ふるまわなければ「友達」ではいられないと紅葉は考えているようでした。紅葉は友達に利用されていたのです。
一方、椿たちは紅葉に何の役割も求めません。紅葉は第2話で、椿に宣言してわざとハンカチを忘れて帰りました。椿の家に来る理由を作るためです。第3話では、椿の家を訪れるときにコンビニのバイトでもらった廃棄の食べ物を持ってきていました。家を訪れるのに何かお土産でも持っていかなければならないと考えていたのでしょう。しかし、椿たちと付き合いを深めるなかで、友達と会うのに理由は必要ないことがわかってきます。
理由もなく会える関係の友達を得たことで、紅葉は「客寄せパンダ」から脱却していきます。紅葉は客寄せ役を頼まれた合コンを、椿からの誘いをきっかけにドタキャンしました。高校時代の「友達」にナンパへの協力を頼まれたときも、あらかじめ呼び出していた夜々をナンパするふりをして逃亡します。友達のナンパを手伝ってたと事情を話す紅葉に、夜々は「それ友達ですか?」と問います。「高校のときいつも一緒にいてくれたし」「今もこうやって必要としてくれるし」、友達である理由を紅葉は説明します。しかし、説明しながら紅葉は自信がなくなってきます。
同級生との再会
そんななか、紅葉に大きな仕事の話が舞い込みます。紅葉は青山画廊の坂田という人物に呼び出されました。坂田は、新進気鋭の画家SHINOが紅葉と一緒に個展を開きたいとの意向を紅葉に伝えます。この話は、売れないイラストレーターの紅葉にとって信じられないものでした。SHINOと紅葉では作風が違いすぎる。そもそも広告にも採用されているようなSHINOと紅葉とでは知名度の差が有りすぎる。人違いではないかと怪しむ紅葉に、坂田は「薄謝ですが」と報酬を提示します。その額33万円。バイト生活の紅葉にとって、大きい金額です。紅葉は詳細を打ち合わせるために、SHINOのアトリエを訪れることになります。続くアトリエのシーンで、SHINOは紅葉の高校時代の同級生、篠宮樹(葉山奨之)だったことが明らかになります。
篠宮のアトリエのシーンでは、高校時代から変化した紅葉と篠宮の立場が描かれています。このシーンを脚本の形に起こしてみました。セリフは字幕放送を参考にしました。ト書きは解説放送の内容に補足を加えています。
ここでは、高校時代から変化した紅葉と篠宮の立場が描かれています。高校時代は、たくさんの「友達」がいた紅葉の方が、篠宮より上の存在だったのでしょう。篠宮は紅葉が自分のことを覚えていてくれたことを喜んでいます。お互いの名前の呼び方からも、2人の上下関係が読み取れます。紅葉は篠宮のことを呼び捨てで呼びます。一方、篠宮は紅葉のことを君付けで呼んでいます。
ですが、絵の業界では篠宮の方が紅葉よりずっと売れっ子です。篠宮は自分の名を冠すアトリエを持つような画家です。一方、紅葉はバイトで食いつなぐイラストレーターです。この上下関係はシーンの冒頭の2人の位置関係でも表現されています。篠宮はアトリエの2階から登場します。この設定によって、紅葉が篠宮を見上げる姿がカメラに捉えられます。
CM明けに続くアトリエのシーンの冒頭では、篠宮が紅葉に仕事を依頼した理由が語られています。
篠宮が紅葉に仕事を持ちかけたのは、「一緒に何かしたい」からでした。では何をしようかと考えたとき、思いついたのが、一緒に個展を開くことだったのでしょう。なぜなら、篠宮は、紅葉と一緒に絵を描くことが楽しかったからです。このことは、第5話の前半で、高校時代の紅葉と篠宮が公園で絵を描いているシーンからわかります。
ではなぜ、篠宮は紅葉に直接連絡せず、坂田を通して仕事を依頼したのでしょうか。篠宮は、「同級生だからって理由は嫌かな~」と言っています。確かに個人的な関係がある相手であっても、仕事を依頼するときは報酬や条件を事前に示すべきです。また、知り合いから直接依頼されると、たとえ仕事の内容や条件が気に入らなくても断りにくいものです。その点、第3者を通した依頼ならば、断りやすいでしょう。もしかしたら、篠宮自身も知り合いに仕事を頼まれて嫌な思いをしたことがあるのかもしれません。
紅葉に断られるのを恐れたというのも理由の一つでしょう。そもそも、篠宮は紅葉が自分のことを覚えていないかもしれないと思っていました。篠宮は紅葉のことを「友達」でなく「同級生」と言っています。篠宮は紅葉が自分のことを友達だと思っているか自信がなかったのではないでしょうか。篠宮が「ごめん、大人になってまで僕の相手するの」と紅葉に謝るのも気になります。篠宮には、紅葉がしかたなく自分の相手をしてくれていたんだというような感覚があるようです。
「友達」か「同級生」か
ここでは、紅葉が篠宮に同級生の黒崎を引き合わせたことが語られます。紅葉が「今でも仲いいの?」と聞くと、篠宮は「今でも友達」と答えます。このとき紅葉は笑みを浮かべたあと寂しそうな表情をします。さきほど篠宮は、紅葉のことを「友達」ではなく「同級生」と言っていました。自分が引き合わせた篠宮と黒崎が今でも友達なのは嬉しい。しかし、篠宮は自分のことを友達だとは呼んでくれなかった。紅葉の表情の変化はそんな気持ちを表しているのではないでしょうか。
ここでは篠宮から見た紅葉の姿と紅葉の思う自分の姿のずれが明らかになります。紅葉は明るくて友達の多い、篠宮と黒崎にとって憧れの存在でした。そんな紅葉は、いつも1人でいる日陰の自分たちを気にかけてくれました。そんな人は、紅葉のほかにいなかったのです。しかし、紅葉の中では違いました。紅葉は「目立つやつら」に、いいように使われていたのです。そんな状況を紅葉はしんどいと感じていました。そこで、紅葉は友達のいない篠宮や黒崎に声をかけました。なぜなら、そういうやつは裏切らないからです。そういうやつは絶対に一緒にいてくれます。しかも、一緒にいるだけで、嬉しそうにしてくれるのです。
紅葉の言葉は篠宮を傷つけました。篠宮は紅葉が自分に声をかけてくれたことや黒崎を紹介してくれたことに感謝しています。そして、そのことを「優しくしてくれた」と思っています。ところが紅葉は、そのことを「優しいふり」だと言いました。篠宮も紅葉が声をかけてきてくれたのには、同情があったのだと感じていたのかもしれません。しかし、それがはっきり紅葉の口から語られたことに篠宮はショックを受けました。篠宮は紅葉が自分を拒絶したのだと受け取ったのでしょう。
なぜ、紅葉はこんな言い方をしてしまったのでしょうか。それには、いくつかの理由が考えられます。一つは嫉妬です。高校時代は下だと思っていた篠宮が、仕事では上の立場になっていました。また、篠宮は自分のことを「友達」とは呼びませんでした。黒崎は友達と呼んでいたのにもかかわらずです。もう一つは「友達」に関する紅葉の考え方の変化です。紅葉にとって「友達」とは、何かの役割を引き受けることで繋がっている関係でした。しかし、椿たちとの交流でそれが変わってきています。紅葉は「友達」と呼んでいた人たちに利用されていることにしんどさを感じていました。同時に、自分が篠宮や黒崎を利用していたことに耐えられなくなったのです。そのことを篠宮は「罪悪感」と指摘しています。
実は、紅葉と篠宮はお互いのことを「友達」だと思っています。篠宮は、「そうやって仲良くなるのは普通に自然になる友達と何が違うの?」と紅葉に言いました。つまり、篠宮は紅葉が自分に声をかけたきっかけが何であれ、紅葉のことを友達だと思っているのです。一方、紅葉は篠宮や黒崎のことを「そういうやつ裏切らないから。俺なんかでも、絶対一緒にいてくれて。一緒にいるだけで、嬉しそうにしてくれて…」と言っています。裏切らない、絶対一緒にいてくれる、一緒にいるだけで嬉しそうにしてくれるのは「友達」なのではないのでしょうか。篠宮も紅葉も相手のことを「友達」だと思いながら、相手が自分のことを「友達」ではないと考えているのです。
篠宮は紅葉への個展の依頼を取り下げます。篠宮は同級生であることを伝えずに仕事を依頼した自分がずるかったと紅葉に謝りました。紅葉がバイトをしていることを知った篠宮は、代わりの仕事を紹介すると紅葉に提案します。紅葉はその理由を問います。篠宮は、一瞬ためらいながら、「優しいふり。佐藤君、1人でかわいそうだから」と言います。これは、篠宮が紅葉に言われて傷ついたことをそのまま返した言葉です。篠宮が「優しいふり」と発する前の一瞬のためらいからは、それが本心ではないことが読み取れます。しかし、紅葉は篠宮に別れを告げ、アトリエをあとにしました。このシーンの最後の2人の別れのあいさつについては後ほど説明します。
間違った紅葉、救う椿
アトリエを出た紅葉は、高校時代のことを思い出します。「目立つやつ」と一緒にいた紅葉が、3年になって別のクラスになった篠宮を廊下で見かけます。篠宮に紅葉が近づこうとすると、そこに黒崎が現れます。仲のよさそうな2人の姿を見て、紅葉はうれしそうな顔を浮かべます。しかし、次の瞬間、紅葉は少し寂しそうな表情に変わります。前のシーンで、篠宮が黒崎のことを「友達」だと言ったときと同じような表情の変化です。紅葉は、篠宮たちに話しかけることなく、反対の方向に立ち去りました。
回想が明けると、紅葉は椿の家の前にいます。そのことに気づいた紅葉は「間違った」とつぶやきます。「間違った」――これは単に帰る家を間違ったことを指した独り言ではありません。あのとき、篠宮と黒崎を追いかけていれば、3人で友達になれていたかもしれない。そうしなかった自分の行動を「間違った」と言っているのではないでしょうか。
ちょうどそのとき、椿から電話がかかってきます。椿は紅葉を家に誘います。紅葉は椿の家の前にいると答えます。紅葉は椿に「耳貸してほしくて」と言います。紅葉は椿に「死にたいなってとき誰かに言えます?」と問います。椿の答えを聞く前に、紅葉は「死にたい」を「おなか痛い」に言い換えます。紅葉はおなかが痛いことを言える相手が過去にいたこと。そして今はその相手が椿だと告げます。椿はおなかが痛いことを話す相手がいるだけで、ちょっとだけましになると言います。椿は紅葉におなかが減ったか尋ねます。「減りました」という紅葉の返事を聞いて、椿は紅葉から死にたい気持ちがなくなったことを確かめました。椿は牛丼を買って帰ります。こうして、紅葉は椿に救われたのでした。
「バイバイ」は永遠の別れを意味するか?
ここで、アトリエのシーンの最後の別れのあいさつについて考えます。紅葉は、アトリエから立ち去ろうとして振り返り、「お邪魔しました」と言いました。紅葉は篠宮にどんな返事を期待したのでしょうか。「お邪魔しました」というセリフは第5話の前半にも出てきます。紅葉は椿の家に泊まっていました。椿の家の玄関で、紅葉は椿に「お邪魔しました」と言います。これに対し、椿は「お邪魔しました」にどう返すのがよいか迷います。紅葉は「またおいで」じゃないですかと椿に提案しました。椿は紅葉に「またおいで」といって別れます。
紅葉は篠宮から「またおいで」と言われるのを期待したのでしょうか。しかし、紅葉の言葉に傷ついた篠宮が「またおいで」と言うはずがありません。篠宮は「またおいで」ではなく、「バイバイ」と紅葉に返しました。この「バイバイ」は、永遠の別れを意味するのでしょうか? 私はそうは思いません。「バイバイ」は、「親しい者どうしや子供などが、別れのあいさつに用いる語」と辞書にあります。もし、篠宮が2度と紅葉と会いたくないのなら、「さようなら」のような、もっと他人行儀なあいさつを返したり、あいさつを返さないこともできたでしょう。
このドラマの中でも、「バイバイ」は永遠の別れを意味していません。第1話で、椿の婚約者の純恋が椿に婚約破棄を伝えた電話で、純恋は「バイバイ」と言って電話を切ります。しかし、純恋は第2話で椿の家を訪れています。忘れ物を取りにきたのです。忘れ物をまとめて別れるとき、純恋はまた「バイバイ」と言います。しかし、純恋は第3話で再び椿の家を訪れます。今度はきちんと話し合うためです。話し合いの結果、椿と純恋は別々に生きていくことに決まりました。このとき、純恋は「バイバイ」ではなく、「お邪魔しました」と言います。これに対し椿は「うん」と答えました。きっと2人はもう会うことはないのでしょう。
紅葉と篠宮は、また会えると私は思います。篠宮の下の名前は「樹」です。紅葉は秋になって色づく葉のことです。色づいた葉は、冬になると散ります。しかし、それは永遠の別れではありません。春が来たら樹は葉をつけ、秋には色づくのです。第1話でゆくえと会わないと約束した赤田も第5話で再登場しています。ドラマはまだ中盤です。篠宮や黒崎の再登場もありえるでしょう。たとえドラマの中で描かれなくても、紅葉は篠宮と、そして黒崎ともまた会えるのではないでしょうか。
余り物のマグカップ
ゆくえは椿の家に、紫色、水色、赤色、黄色の4色のマグカップをもってきていました。紫色は夜々のいちばんすきな色でした。ゆくえのいちばんすきな色は水色です。椿は4つの中から赤色を選びました。紅葉は最後に余った黄色のマグカップを手にします。ゆくえたちは、それを見て喜びます。黄色のマグカップが余らなかったからです。しかし、他の3人にとっては最後に余ったマグカップでも、紅葉にその意識はありません。紅葉は選ぶ順番が最後だっただけで、4つの中から、いちばんすきな色のマグカップを選んだだけだからです。
続くシーンで、篠宮は1人で夜のアトリエにいます。篠宮は黒崎に電話して、「耳貸してほしい」と言います。泣き声で話す篠宮を黒崎は心配します。黒崎は篠宮におなかが空いていないか尋ね、牛丼を買っていくことを提案します。篠宮も紅葉と同じように死にたくなるような気持ちを抱えていたのでしょう。篠宮は、自分の描いた絵を絵の具で塗りつぶします。その絵は篠宮が紅葉と過ごしたあの公園の絵でした。その絵を塗りつぶした絵の具の色は黄色でした。黄色は紅葉が選んだマグカップの色です。篠宮は紅葉とのいい思い出を紅葉の色で塗りつぶしたのでした。
篠宮は電話の向こうの黒崎に言います。「よかった…黒崎君、いて。会わせてもらえたから。余っててよかった」と。自分が教室で1人で余っていたから、紅葉が黒崎をつないでくれたのだと。篠宮にも紅葉と同じように、苦しいときに耳を貸してくれる、牛丼を買ってきてくれる友達がいました。篠宮は黒崎に救われたのです。
1人で余っていた篠宮は、紅葉のいちばんすきな友達だったのではないでしょうか。紅葉は人気のある同級生と一緒にいようとしました。しかし、紅葉はそんな状況がしんどくなります。「目立つやつ」と一緒にいたときの紅葉は幸せではありませんでした。篠宮と一緒に絵を描いていたときの方がずっと楽しかったのです。だから紅葉は、なかなか芽が出なくとも、絵を描き続けているのではないでしょうか。他人に人気のあるものより、自分のすきなものを選ぶ。そんな人生のほうが豊かなのではないか――そんなことをこのドラマは教えてくれます。
『いちばんすきな花』についての記事は以下のマガジンにまとめています。