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朝ドラ『虎に翼』第1話 冒頭の街の描写と尾野真千子による語りの呼応

◯河原
子どもたちの笑い声。
きらめく川面に、笹舟。
鉄橋を電車が走っている。
新聞に日本国憲法の文字。
川に石を投げる、いがぐり頭の2人の少年。
その後ろには川で洗濯をする女。
河原で新聞を読んでいる、モンペ姿の猪爪寅子(伊藤沙莉)。
寅子が目を凝らしているのは、日本国憲法第14条。
それまで聞こえていた周囲の音が消える。
笹舟が川岸に流れ着いている。
寅子の肩が震え、涙がこぼれる。
音楽が流れる。

語り(尾野真千子)「昭和21年ーー」

新聞記事が貼られたスクラップ帳を見る女の後ろ姿。
スクラップ帳には、初の女性弁護士として、猪爪寅子が紹介される記事が貼られている。
記事の上には「たしかで(右から読むと『でかした』)」の文字。
猪爪寅子の司法試験の合格証書を開く手。

語り「公布された日本国憲法の第14条に、こうあります」

これが、連続テレビ小説(朝ドラ)『虎に翼』の最初のシーンだ。上記は、『虎に翼』の字幕と副音声の解説をもとに、足りないところを補って脚本の形に起こしたものである。「◯」のあとに書かれているのがシーンの場所、カギカッコ内がセリフ、地の文がト書きである。正確なものは、今後発売される脚本集を見てほしい。さて、ドラマの続きをオープニングの直前まで見ていこう(『虎に翼』はNHKオンデマンドU-NEXTで配信中)。

◯橋
橋の上を行き交う人々。
橋の向こうにニコライ堂が見える。

◯橋の下
駆け回って遊ぶ子どもたち。
座って新聞を白髪まじりの女。その後ろには、洗濯物を干す女。

語り「すべて国民は、法の下に平等であって―― 」

◯街
石造りの建物が立ち並ぶ町並み。
軍服を着た日本人が座っている。
車のクラクションが鳴る。
白いヘルメットを被った進駐軍の憲兵の乗ったジープがやってくる。
色とりどりの洋服を着た女たちに声をかける進駐軍の兵士。その横でジープが止まり、憲兵が兵士を注意する。

語り「人種 」

◯商店街
木造の建物が立ち並ぶ町並みを行き交う人々。
ふかし芋(一本三圓の張り紙)を売る男。その横に座る女が、新聞を見せながら男に話しかけている。

語り「信条、性別」

◯広場
トタン屋根の建物の前に木の足場が組まれた広場。
桜の花びらが舞い落ちる。
土の被った地図の上に、土の被った掛け軸。掛け軸には国旗と「兵は戦線ーー」の文字。
「いかがですか?」と、物を売る女。その横にはドラム缶で廃材を燃やして暖を取る男。
バッグと風呂敷包みを抱えたスーツ姿の寅子がその横を通り過ぎる。

語り「社会的身分又は門地により、政治的、経済的」

◯レンガ作りの建物の前
木の足場を組む職人に寅子が話しかけている。足場には「復旧本部」の文字

語り「又は社会的関係において、差別されない」

◯司法省の一室
ふかし芋を半分に割る桂場等一郎(松山ケンイチ)。

◯司法省前の広場
スーツ姿の人々が行き交う。中には外国人の男女や、汚れたリュックを背負った復員兵らしき姿もある。
歩いてくる寅子。
寅子は、倒れた像の前で立ち止まる。一瞬、司法省の建物に目をやるが、目を伏せて再び歩き出す。
石に腰掛けて、新聞を読むもんぺ姿の女の子。その横を寅子が通り過ぎる。

◯司法省
部屋の入り口のプレートに「人事課」と書かれた紙が貼られている。

寅子「あの、すみません、人事課長はどちらに」
男「えっ? あっち、あっち」

タバコの煙でかすんだ薄暗い部屋を奥へ進む寅子。
寅子、ついたての手前で深呼吸をする。

寅子「失礼します!」

寅子が、ついたてから前に出ると、芋にかぶりつく寸前の桂場と目が合う。

桂場「君か」

桂場、芋を食べるのを諦める。

語り「桂場等一郎、後に最高裁判所長官となる男のもとに来た。彼女の名前は……」

寅子、息を吸い込み―― 。

◯見合い会場
寅子の見合い会場の飲食店。
テーブルに寅子、猪爪はる(石田ゆり子)、猪爪直言(岡部たかし)が座っている。
テーブルの向かいには寅子の見合い相手とその両親が座っている。

はる「ほら、ご挨拶なさい」
寅子「猪爪寅子です」

寅子、仏頂面で笑う。

この3分あまりの冒頭部分に特徴的なのは、映像による表現の多さだ。朝ドラは、朝の準備をしながら見る人も多い。だから、画面を見ていなくても、音を聞くだけで話の筋が追えるように作られている。しかし、これらのシーンでは、画面を見ていないとわからない描写がたくさんある。

例えば、ドラマの冒頭で映し出される笹舟は、川の上手(画面右)から下手(画面左)に流れたあと、別のカットで川岸にたどり着く。これは何を意味しているのか。スクラップ帳を見ているのは誰か(後ろ姿からは寅子のように見える)。初の女性弁護士として、猪爪寅子が紹介される記事の上に「でかした」と書いたのは誰か。新聞を読む女性たちの年齢や格好も様々だ。彼女たちは寅子と同じように日本国憲法を読んでいるのか。桂場が食べようとしたふかし芋は、新聞を読む女の横にいた男が売ったものなのか。

さらに、街の描写と尾野真千子による語りが呼応する。尾野真千子は、昭和21年に公布された日本国憲法の第14条を読み上げる。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

「すべて国民は、法の下に平等であって」と読み上げる部分では、橋の下で暮らす人々の姿が描かれる。「人種」の部分では、日本を占領しているアメリカの進駐軍が描かれる。「信条」では、古本屋。「性別」では、ふかし芋を売る男女の姿が描かれる。「社会的身分又は門地により、政治的、経済的」の部分では、荒廃した街の中で物を売る女と、廃材を燃やして暖を取る男が描かれる。どれも「法の下に平等」とは言い難い状況だ。さらに、「又は社会的関係において、差別されない」という語りのなか、寅子は足場を組む職人に道を訪ね、司法省にたどり着く。初の女性弁護士になった寅子は、この世界をどう生きるのか―― 。

このように、オープニング曲に至るまでの間に、このドラマで何を描くのか、また、どのように描くのかが示された。そこまで見て、私はこのドラマを見続けることを決めた。正直に言えば、第1話の途中で見るのをやめるドラマもある。その多くは、画面を見ていなくても理解できるほどセリフや語り(ナレーション)で内容が説明されたものだ。しかし、ドラマを形作るのはセリフや語りだけではない。ドラマには、登場人物の表情や仕草、カット割りやカメラワーク、音楽や効果音、美術や小道具、群衆に至るまで、描き出されるものはたくさんある。そうしたものが総動員された表現を、私は見たいのだ。その意味で『虎に翼』は見る価値がある。

『虎に翼』は、歴代朝ドラの中でも一二を争う出来になりうる。こんなことを言ったら、寅子はこういうだろう。「一番の人は絶対一二を争うなんて言い方はしません。大抵2番が、いや、3~4番の人が見えを張るときに使います(第1話の寅子のセリフ)」と。『虎に翼』の脚本家の‎吉田恵里香は、憧れの脚本家として渡辺あやをあげている。渡辺あやは、朝ドラ『カーネーション』の脚本を書いた。この『カーネーション』を吉田は、何度も見直した殿堂入りの作品としてあげている。『カーネーション』の主演は『虎に翼』で語りを務める尾野真千子だ。語りに尾野真千子を指名したのは、吉田か、あるいはその意向を組んだスタッフかもしれない。『虎に翼』は、『カーネーション』と並ぶくらいの名作になると期待している。

【2024年4月7日18時25分追記】
4月6日(土)に放送された1週間のダイジェスト版には、今回脚本の形に起こした冒頭の部分は、ほとんど使われていない。ダイジェスト版では、見合い会場のシーンから始まる。つまり、この部分を見なくても話の筋を追えるということだ。『虎に翼』は、画面から目を離しても、話の筋を追えるように作られている。そのうえで、画面を見ている人にはより深く理解できるようにも作られているのだ。その意味で、『虎に翼』は、多くの人の期待に応えるドラマと言える。

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小嶋裕一
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