朝ドラ『虎に翼』第1話 冒頭の街の描写と尾野真千子による語りの呼応
これが、連続テレビ小説(朝ドラ)『虎に翼』の最初のシーンだ。上記は、『虎に翼』の字幕と副音声の解説をもとに、足りないところを補って脚本の形に起こしたものである。「◯」のあとに書かれているのがシーンの場所、カギカッコ内がセリフ、地の文がト書きである。正確なものは、今後発売される脚本集を見てほしい。さて、ドラマの続きをオープニングの直前まで見ていこう(『虎に翼』はNHKオンデマンドとU-NEXTで配信中)。
この3分あまりの冒頭部分に特徴的なのは、映像による表現の多さだ。朝ドラは、朝の準備をしながら見る人も多い。だから、画面を見ていなくても、音を聞くだけで話の筋が追えるように作られている。しかし、これらのシーンでは、画面を見ていないとわからない描写がたくさんある。
例えば、ドラマの冒頭で映し出される笹舟は、川の上手(画面右)から下手(画面左)に流れたあと、別のカットで川岸にたどり着く。これは何を意味しているのか。スクラップ帳を見ているのは誰か(後ろ姿からは寅子のように見える)。初の女性弁護士として、猪爪寅子が紹介される記事の上に「でかした」と書いたのは誰か。新聞を読む女性たちの年齢や格好も様々だ。彼女たちは寅子と同じように日本国憲法を読んでいるのか。桂場が食べようとしたふかし芋は、新聞を読む女の横にいた男が売ったものなのか。
さらに、街の描写と尾野真千子による語りが呼応する。尾野真千子は、昭和21年に公布された日本国憲法の第14条を読み上げる。
「すべて国民は、法の下に平等であって」と読み上げる部分では、橋の下で暮らす人々の姿が描かれる。「人種」の部分では、日本を占領しているアメリカの進駐軍が描かれる。「信条」では、古本屋。「性別」では、ふかし芋を売る男女の姿が描かれる。「社会的身分又は門地により、政治的、経済的」の部分では、荒廃した街の中で物を売る女と、廃材を燃やして暖を取る男が描かれる。どれも「法の下に平等」とは言い難い状況だ。さらに、「又は社会的関係において、差別されない」という語りのなか、寅子は足場を組む職人に道を訪ね、司法省にたどり着く。初の女性弁護士になった寅子は、この世界をどう生きるのか―― 。
このように、オープニング曲に至るまでの間に、このドラマで何を描くのか、また、どのように描くのかが示された。そこまで見て、私はこのドラマを見続けることを決めた。正直に言えば、第1話の途中で見るのをやめるドラマもある。その多くは、画面を見ていなくても理解できるほどセリフや語り(ナレーション)で内容が説明されたものだ。しかし、ドラマを形作るのはセリフや語りだけではない。ドラマには、登場人物の表情や仕草、カット割りやカメラワーク、音楽や効果音、美術や小道具、群衆に至るまで、描き出されるものはたくさんある。そうしたものが総動員された表現を、私は見たいのだ。その意味で『虎に翼』は見る価値がある。
『虎に翼』は、歴代朝ドラの中でも一二を争う出来になりうる。こんなことを言ったら、寅子はこういうだろう。「一番の人は絶対一二を争うなんて言い方はしません。大抵2番が、いや、3~4番の人が見えを張るときに使います(第1話の寅子のセリフ)」と。『虎に翼』の脚本家の吉田恵里香は、憧れの脚本家として渡辺あやをあげている。渡辺あやは、朝ドラ『カーネーション』の脚本を書いた。この『カーネーション』を吉田は、何度も見直した殿堂入りの作品としてあげている。『カーネーション』の主演は『虎に翼』で語りを務める尾野真千子だ。語りに尾野真千子を指名したのは、吉田か、あるいはその意向を組んだスタッフかもしれない。『虎に翼』は、『カーネーション』と並ぶくらいの名作になると期待している。
【2024年4月7日18時25分追記】
4月6日(土)に放送された1週間のダイジェスト版には、今回脚本の形に起こした冒頭の部分は、ほとんど使われていない。ダイジェスト版では、見合い会場のシーンから始まる。つまり、この部分を見なくても話の筋を追えるということだ。『虎に翼』は、画面から目を離しても、話の筋を追えるように作られている。そのうえで、画面を見ている人にはより深く理解できるようにも作られているのだ。その意味で、『虎に翼』は、多くの人の期待に応えるドラマと言える。
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