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『海のはじまり』第11話 くまとやまねこと海と夏

フジテレビ系列で月曜9時から放送中のドラマ『海のはじまり』。このドラマは、『silent』や『いちばんすきな花』の脚本家・生方美久の最新作である。

※この記事には、ドラマ『海のはじまり』の内容が含まれます。『海のはじまり』はFODTVerで配信中です。

第11話「ママはいない人なの?」あらすじ

月岡夏(目黒蓮)は、娘の南雲海(泉谷星奈)と暮らすためにアパートの部屋を片付ける。手伝いに来ている弟の大和(木戸大聖)が「困ったことあったら呼んでね」と声を掛けるが、「二人で頑張る」と気を張る夏。その言葉に不安を覚える大和。

一方、小学校のクラスでは海のお別れの会が開かれ、海は担任の乃木夏美(山谷花純)とクラスメイトたちから拍手で見送られる。帰り際、夏美と2人になった海は、かつて母・水季(古川琴音)が自分のことを何か言っていたかと聞く。すると夏美は「いつも、海ちゃんが一番大切って言ってた」と伝え、海はにっこりと笑う。

日が替わり、夏のアパートへやってくる海、朱音(大竹しのぶ)、翔平(利重剛)。「おじゃまします!」と大きな声で上がる海に「今日からただいまね」と言う翔平。そんな翔平と朱音は海をぎゅっと抱きしめ、海との別れを惜しむ。その様子を見て、夏はどこか罪悪感を抱いてしまい…。

海のはじまり - フジテレビ

水季との思い出を語らない夏

11話では、2人暮らしを始めた夏と海のすれ違いが描かれた。すれ違いの原因は水季の死に対する夏と海の考え方の違いだ。海は水季の存在したという感覚がなくなっていくことに寂しさを感じていた。一方、夏は海が寂しさを感じている原因を、水季のことを思い出してしまうからだと捉えていた。

海は水季の存在を何度も確かめる。夏の家への引っ越しを決めた海は、水季の部屋のベッドで水季のことを夢に見ていた。海が目を覚ますと、そこに朱音がやってくる。海は「ママ、ここいたよね」と、朱音に水季の存在を確かめる。朱音は「いたよ」と言って、水季が子供の頃の思い出を語る。小学校で転校のあいさつをした後も、海は担任の先生である夏美に生前の水季のことを尋ねる。先生は「いつも海ちゃんが一番大切って言ってた」と、水季の話していたことを海に伝える。

海のはじまり - フジテレビ

夏のアパートに引っ越した海は夏に「ママ、ここにいた?」と尋ねる。夏は「来たことあるよ」と答えた。だが、その時にどんなことがあったのか、水季の思い出を語ることはなかった。海は新しい学校の友達に、「ママいないの?」と聞かれた。海は「いたよ」と答える。その答えが正しかったのか、海は夏に尋ねる。夏は「ママいないけど、パパがいるって言えばいいんだよ」と答えた。

「ママ、いたのに、いた感じしなくなっちゃった」。そう海に言われても夏は海の気持ちが理解できない。「思い出して寂しくなるなら、無理に水季の話しなくてもいいからね」と夏は返す。海が水季を思い出すのが寂しい。その寂しさは自分1人で埋める。夏はそう考えていた。

夏にぶつけた津野の言葉

夏に自分の気持ちを理解してもらえなかった海は夏のアパートから家出する。向かったのは水季の働いていた図書館だ。そこには津野もいる。「ママがいた場所、行けなくなっちゃった」。海は津野に悩みを打ち明ける。「ママのこと忘れた方がいいの?」。夏と一緒に暮らすためには、水季のことを忘れなければならない。海はそう受け止めていた。

海のはじまり - フジテレビ

幼い頃の夏も母・ゆき子と離婚した父親と住んでた家や一緒に遊んだ公園に行きたがった。そのことは、海の家出を知ったゆき子と大和、和哉の間で語られる。夏は子供の頃に海と同じ気持ちを抱えていたのだ。その頃の気持ちを夏は忘れてしまったのだろうか。

夏は図書館に海を迎えに行く。海は朱音たちが連れ帰っていた。不思議なのは、そのことを津野も朱音たちも夏に連絡しなかったことだ。おそらく、津野の考えだったのだろう。津野は夏に話があったのだ。津野は海から聞いた海の気持ちを夏にぶつける。

「もう、2人なんだから。今こそ前みたいに、水季水季って、うるさくていいんですよ。海ちゃん、いる。いないの話してないですよ。分かります? いるとかいないって話してるの月岡さんだけです。いたとか、いなくなった、って話してるんです。分かんないですよね。南雲さんがいた時も、いなくなった時も、お前いなかったもんな」

海が夏に「ママいた?」と、繰り返し確かめていたのは、水季が存在したという事実だ。それにもかかわらず、夏は今、この瞬間に水季が存在していないという話にしてしまう。そして、その不在を埋めるのは自分だと。だが、それは海の望んだことではない。そのことを夏が理解できないのは、水季と海が過ごした時に夏が一緒にいなかったからだ――津野はそう考えた。確かにそうかもしれない。朱音も夏美も水季の思い出を海に伝えていた。

海は夏の口から水季の思い出が聞きたかったのだ。夏は水季と付き合っていた頃に住んでいたアパートに今も住んでいる。つまり、夏のアパートにも、その周辺にも、水季との思い出は残っているはずだ。「ママがいたとこ連れてってね」。第10話で夏のアパートへの引っ越しを決めた海は、夏にそう言った。夏はその約束を果たせていない。

『くまとやまねこ』が意味するもの

津野の言葉を聞いても夏は海の気持ちを理解できない。夏は南雲家に海を迎えに行く。水季の部屋で交わされる夏と海の会話は最初からすれ違う。

◯水季の部屋
夏が静かに戸を開ける。
ベッドに寝そべり、絵本を読んでいる海。夏を一別し、再び絵本に視線を戻す。
部屋に入った夏がベッドに腰かける。

夏「その絵本、好きだね」
海「何回も読んでって。ママが」
夏「そっか」
海「何回も読んだけど、まだ大丈夫じゃない」
夏「わかんないとこあるの? 教えるよ」

振り向く海。

海「違う」

海、再び絵本を読み始める。

夏「図書館、なんで1人で行ったの? 一人で行くのやめて。心配だから。家で待ってるの寂しかった」
夏「海ちゃん」

海が絵本を閉じる。

海「ママと2人だった時、保育園の子に言われた。パパいなくてさみしくないの?って。海ね、夏君いなくて寂しかったことないの」
夏「……」

海が体を起こして、夏を見る。

海「おうちにいるの、ママだけで大丈夫だった。パパいらなかった。だから、夏君と2人も大丈夫だと思ったの。ママいなくても、夏君がいるからさみしくないって」
夏「でも……。寂しかったの?」

うなずく海。

海「夏君と2人、寂しかった。ママいなくてさみしいから、図書館行って、ここに帰ってきた」
夏「図書館も、ここも、水季いないよ。水季が亡くなってから時間経って、ホントに水季が亡くなったこと、実感してきただけなんじゃないかな? だから、大丈夫だったのに、急にさみしくなって」
海「なんで大人は死んじゃうこと、なくなるっていうの?」
夏「……」
海「いなくなるから?」
夏「……」
海「だから、死んじゃった人のこと、いないいないって言うの?」
夏「ごめん。俺がいっぱいいっぱいで、ちゃんと話聞いてあげてなかったから。帰っていっぱい話そう」

動こうとしない海。夏が腕をさする。

夏「帰ろう」

海が夏を無視して布団に入る。

海「海のせいで、みんなさみしいって」
夏「みんなって?」
海「海がいるからお別れしたんでしょ」
夏「弥生さん? 海ちゃんが悪いわけじゃない」
海「でも……。海がいるからでしょ?」
夏「……」
海「おばあちゃんとおじいちゃん、海が夏君のとこ行くって言ったせいで、さみしくしてる。津野君も言ってた。家も学校も遠くなるし、会えなくなっちゃうねって。海、夏君といない方がよかった? みんなそう思ってる?」
夏「思ってないよ」

布団から身を起こす海。

海「みんながさみしいの、海のせい?」
夏「違うよ」
海「海、最初からいなければよかった?」

夏が海の両手を握りしめる。

夏「そういうこと言わないで。いなければよかったとか、そんなのないから。もう絶対言わないで」
海「ママも寂しそうだった」

握られた手を引き抜く。

海「ママいたのに。なんで一緒にいてくれなかったの。まだパパじゃなかったから?」

× × ×

(回想)
大学生の夏と水季が住宅街を歩いている。

水季「ついてこなくていいって。産婦人科だよ。どっかで時間つぶしてて」

夏の前を歩く水季が立ち止まって振り返る。
夏が不安げな顔で水季を見つめる。

水季「大丈夫だって。責任感じないでよ。夏君、まだ親じゃないんだから」

1人で歩き出す水季。
夏がその場に立ち尽くす。

× × ×

(現在)
海「なんでママいった時、パパになってくれなかったの? なんで2人でって言うの?」
夏「……」
海「なんでママいないって言うの!?」
夏「……」
海「海、ママとずっと一緒にいたもん。いなかったの夏君じゃん」
夏「……」

海が絵本を持って部屋を出ていく。
呆然としている夏の頬に涙が伝う。
夏、その場にガックリとうなだれる。

ドラマ本編と解説放送を元に筆者が作成

海は水季のベッドの上で、水季からもらった絵本を読んでいる。水季は自分の死を海に理解してもらうために、海にこの絵本を贈った。海は寂しくなるたび、絵本を読み返していた。「何回も読んだけど、まだ大丈夫じゃない」。海は夏にそう言う。海は水季を失った寂しさを埋められていない。だが、夏には伝わらない。夏は海が絵本の内容を理解できないのだと思ったのだ。

海のはじまり - フジテレビ

海の読んでいる『くまとやまねこ』という絵本は、最愛の友達である小鳥を亡くした熊の物語だ。周囲の動物に死んだ小鳥のことを忘れるように言われた熊は、心を閉ざして家に閉じこもる。そんな熊を救ったのがバイオリンを抱えて旅をする山猫だ。山猫は小鳥のためにバイオリンを奏でる。バイオリンの音とともに、熊は小鳥と過ごした日々を思い出す。そうして熊は小鳥を弔うことができた。

山猫は熊を旅に誘う。熊の担当はタンバリンだ。そのタンバリンの元の持ち主は、きっと山猫の大切な友達だったのだろう。だが、熊はそのことを聞かない。その代わりに、熊はタンバリンを練習した。こうして熊と山猫は世界を巡る。

死んだ相手の思い出を抱えたまま生きていい。死を受け入れることは、その相手を忘れることではない。水季は、そのことを海に伝えたかったのではないか。「一緒にいたことはなかったことにならないよ」。海は水季から言われた言葉を覚えている。だからこそ、海は水季の存在を何度も確かめるのだ。

人がなくなるということ

海は、水季と2人で暮らしていた時、夏がいなくても寂しくなかった。だから、夏との2人暮らしも寂しくないと思っていた。だが、実際は違った。生まれた時から一緒にいた母の不在と、生まれた時に一緒にいなかった父の不在では、その重みが違う。だからこそ、海は水季の思い出を探し求めた。

ここでも夏は答えを間違う。図書館にも、南雲家にも、水季はいないと海に言うのだ。夏には海の言葉も津野の言葉も届いていない。「海ちゃん、いる。いないの話してないですよ」「いたとか、いなくなった、って話してるんです」。津野はそう言っていたはずだ。

「なんで大人は死んじゃうこと、なくなるっていうの?」。海が夏に問う。「亡くなる」とは、「人が死ぬ」の婉曲的な表現だ。一方、「無くなる」とは、今まであったものがない状態になることを意味する。夏は水季が死んだことを、海は水季が生きていた時のことを話していた。だから2人の会話はすれ違う。

「みんながさみしいの、海のせい?」。海の言うことは一つの真実だ。海の存在を知らなければ、夏と弥生は別れなかった。海が夏と暮らすことを選択しなければ、朱音も翔平も海と暮らし続けられた。その間は朱音も翔平も水季が死んだ悲しみを埋めることができただろう。

水季が海を妊娠しなければ、水季と夏は一緒にいられたかもしれない。「海、最初からいなければよかった?」。海は夏に問いかける。夏は海の両手を握りしめながら、「そういうこと言わないで」と返した。夏は、水季から子供をおろしたと聞かされていた。そのことを「殺した」と夏は受け止めていた(第2話の記事参照)。海が生きていたことは夏の救いだった。海が生きていて本当に良かったと、夏は思っているはずだ。

海は尋ねる。なぜ夏は海が生まれた時に水季と一緒にいてくれなかったのかと。水季と夏が別れた理由を知らない海からすれば、当然の疑問だ。水季は夏と別れた訳を海に話していなかった。夏もまた、水季と別れた時のことを海に話せていない。

水季の手紙に託された夏の選択

海と2人で暮らすことが、海の幸せにも周りの人の幸せにもつながらない。そのことに気づかされた夏はどんな選択をするのだろうか。このドラマは選択にまつわる話だ(第1話の記事参照)。脚本を書いた生方も、そう言っている

水季は、一度はおろすことに決めた海を産んだ。弥生は、一度は母親になろうとした海と友達になった。その選択を後押ししたのは次の言葉だ(第9話の記事参照)。

「他人に優しくなりすぎず、物分かりのいい人間を演じず、ちょっとずるをしてでも自分で決めてください。どちらを選択しても、それはあなたの幸せのためです」

この言葉は弥生から水季に、そして水季から再び弥生に受け渡された。最後に、まだ明かされていない言葉がある。それは水季から夏に宛てられた手紙の言葉だ。その言葉が夏の選択を後押しするはずだ。

海の読んでいた絵本『くまとやまねこ』は何を意味するのか。死んだ小鳥は水季のことだ。友達の小鳥を失った熊は海のことだろう。では山猫は誰か? 夏、あるいは津野や弥生か。朱音や翔平、大和やゆき子、和哉かもしれない。いや、それら全員が山猫の役目を果たすのだろう。それぞれの人物が、どんな道を選ぶのか。『海のはじまり』の終わりを、じっくりと見届けたい。

お知らせ

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※2024年9月23日20時54分、記事の趣旨を変えない形で一部加筆修正しました。

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小嶋裕一
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