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記憶を失ったとき、その人の本当の人柄がでる。
認知症、アルツハイマー、記憶喪失、、
事故や突発性の病気で
私たちが記憶をなくしてしまうことは
いつだってあり得る話。
普段あたりまえにできていたことが
できなくなる。
いつも周りにいる人たちの顔すら
忘れてしまう。
大切に心にしまっていた思い出も
思い出せなくなる。
そんな悲しい現実をテーマにした映画を観るたび、心が苦しくなる。
《 明日の記憶 》
《 私の頭の中の消しゴム 》
《 きみに読む物語 》
愛する人が私を忘れてしまったとき
私は今まで通りその人を愛せるのか。
私が愛する人を忘れてしまったとき
今まで通りその人と接することはできるのか。
当事者の苦しみは計り知れないし、
私が当事者になったことを
想像しようにも想像しきれない。
だからこそ、今から気をつけていたいのが
素で心地いい自分でいられるようにいたい。
人徳のある人間を目指しつづけたい。
丸裸にされても何も変わらないような
どんなときも相手に誠意と思いやりをもって
接しられるような
大切な人を傷つけたり足を引っ張ってしまわないような
そんな自分でいたいから、
大切にしたい価値観や想いは
体が覚えていられるように刷り込ませる。
処世術とか見せかけとかじゃなくて、
いつでも純粋な気持ちで思えるようにする。
大事にしたいことや好きなことを
周りが認識できるぐらい声にだす。
例え認知症のおばあちゃんになったとしても、
品があって周りに笑顔でポジティブな言葉を発しられるような人柄でありたいなと思う。
暴言を吐いたり品のない行動をとって周りを不快にしたりネガティブなことばかりをつぶやくような人にはなりたくない。
きっと、コントロールができなくなることもあるだろうけど
それでも笑顔でポジティブな印象が残るような人でありたい。
ただ、そんなのぶつけ本番でできるほど
デキた人間じゃないから
いつも意識して生活してみる。
そんな記憶障害になるなんて決まっているわけでもないのに、そこまでする?という意見もあるだろうけど、
私は必要性を感じないと動けない人間だから。
だから、いつも
大切な人が困ったときサッと対応できるだけの器量をかねそなえていられるように
いますぐ必要でないことも少しずつ積み上げていたい。という考えのもと動く。
人生いつどうなるかわからないから、
いつでも心地いい自分でいられるように
いまできることをやる。
人はあなたが言ったことも、あなたがしたことも忘れてしまう。だけど、あなたに対して抱いた感情を忘れることはない。|マヤ・アンジェロウ
以前つぶやいた名言。
自分がどうありたいかを
周りも察することができるくらい
声にだして行動で示して、
心地いい人だなと感じてもらえたら
ゴールなのかもしれない。
どういう印象を与えられているか。
日々、言動を意識してみる。
印象づけは、チリツモだから。