ショートショート型物語「MMワールド」①(いつもの生活)スマフォ版

暗闇の中、床に壊れかけのもの転がっている。針が止まった時計やボタンがとれたリモコン、先が欠けたゲームのコンセント。これらはどこからか漏れる光によって照らされている。その近くに存在する大きな塊が、広い倉庫の中でもそもそと動きながら荒々しく言う。

「これだ。これが、俺の世界だ。これが俺の居場所なんだ」

                              
 倉庫には男の言葉が響く。

ー1カ月前ー      
「康太待ってよ。早いって」と言いながら、芝生の中で由美は俺に追いついてくる。汗にまみれた彼女の顔は美しい。とても自分の彼女だとは思えない。捕まった、と言いながら彼女と公園の芝生に腰をかける。

  

 「こうちゃんって足早いよね」

 「そんなことないよ、普通だよ」

 彼女のえくぼがいつもより愛しく感じられる。

 「……なんかさ、可愛いよ」


照れ笑いをする彼女はいつも以上に愛おしく感じられた。

                      ー25年前ー  
俺はいつも通り倉庫で働いている。この倉庫では、ケチャップや小麦粉といった食品関係のものからサランラップやポリ袋など多くの商品を扱っている。商品カードを見て、店舗ごとに必要な商品を段ボールに詰めていく仕事。この仕事にはとても大切なことがある。カードを見てから商品を見つけるまでは2分以内で行わないといけない。ぐずぐずしていると、倉庫長が大きな声を飛ばしながら近づいてくる。だから俺は倉庫長に隠れながら、ゆっくりと、1日7500円の仕事に精を尽くしている。

                                  
キーンコーンカーンコーン、と音が鳴り、休憩の時間を告げられる。休憩室に向かおうと歩き出すと後ろに違和感を覚える。こうちゃん、という言葉を聞くと、違和感の正体を置き去りにして休憩室に入った。

                                 
カップ麺や弁当が混じったなんともいえない匂いの中おにぎりをゆっくりと食べ出すと、目の前でこうちゃん、こうちゃんと騒ぐ男がうるさい。

              
「こうちゃんっていつも無視するよね。ひどいよ」

「お前みたいな男に付きまとわれたら、当たり前だろ」

「は~そんなんだからモテないわけだ」

                             
柴田はずっと喋り続けるのだがいつものことなので無視をして食べ続ける。諦めたようで休憩室に備え付きの電子レンジに弁当を突っ込んだ。柴田は電子レンジを見ながら、「こうちゃんは最近どう?」と聞いてくる。

「どうって普通だよ」

「普通ってどう普通なのさ」

柴田の声がワントーン低くなる。

「俺はさ普通ってなんだろうって思うんだ。こうやって弁当を食べることが普通なのかって、どう思う?」

「……」頬張ったおにぎりが邪魔をして何も答えられない。

「今の暮らしってどうなのかって」

「……」口に含み過ぎたお茶を飲むことに精一杯で答えられない。


飲み込んでから最近出来たらしい彼女について聞くと、柴田はとろけたような顔で、最高だよ、と喋りだした。どこで出会ったのかは知らないのだが、とても相性が良いらしい。        「お前も彼女作った方がいいぞ。本当に毎日楽しいから」

 「はあ……」

「お前バカにしているだろ。今までとは世界変わるからな」

 「じゃあ今までは楽しくなかったのかよ?」

 こうちゃんごめん、と謝りながら、机を超えてキスをしようとしてくる。

 柴田はしょうがない奴だ。

4時間後、スーツを着た人々と電車に乗っていた。彼らサラリーマンとは不思議なもので、とても眠そうな顔をしているにも関わらず、ほぼ毎日同じ電車に乗り遅れることはない。そして眠い目を擦りながら行うことは、スマホをいじること。『マチツク』というアプリが世間では流行っていて、スマホを触っている人の8割がマチツクプレイヤーだ。プレイヤーが市長になり自分の街を繁栄させるゲームである。

サラリーマンの多くがプレイしている『マチツク』

プレイヤー平均レベルは160なのだが俺は380まで上げた。俺は細かい作業が得意で努力を積み重ねたからだ。ビルを作り終わると地元の駅にたどり着いた。

「堺南駅~堺南駅~。当駅で乗り換えは行えません。お気を付けください」

このアナウンスとともに俺は電車を降りる。

チャイムが聞こえる。キーンコーンカーンコーン。音が鳴りやまらず思わず目を空けてしまう。雑音が聞こえる方向に目を向けると、近くのコンビニで学校帰りの生徒達が青春ごっこをしている。             
 「チッ」 

                      
彼らを隠そうとカバンを跨いでカーテンを閉めると、後ろから声が聞こえる。 

                          
 「おはようございます。お目覚めですか?」

 「そうだよ。黙ってろ」

 「黙るとは、音を発しないことでよろしいでしょうか?」

          
強くタンスを蹴るとタンスは、かしこまりました、と言って静かになった。

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僕に才能はない
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