読書感想文:「革命前夜」(著:須賀しのぶ)

 本の紹介、基本的には新書や専門書など物語ではないものを中心にレビューしていこうと思っていたのですが、最近いくつか印象深い小説に出会ったのでこちらも紹介したいと思い、苦手な読書感想文にチャレンジしてみました。

 今回紹介する本は、革命前夜(著:須賀しのぶ、文春文庫)です。

 舞台は冷戦終結直前の東ドイツ。主人公は音楽の父J.S.バッハの音楽に導かれてドレスデンにやってきた日本人の眞山柊史。刺々しい個性を持つバイオリニストやシュタージ(国家保安省)の監視対象である才能あふれるオルガニスト、多くの難解な曲を残して逝去した父の古い友人の家族らとの出会いを通して理想の音楽を求めてもがき苦しむ。しかし、音楽を勉強するためだけに東ドイツにやって来たはずの眞山は様々な事件を経て「東」と「西」の狭間に立つ。

 ロシアーウクライナの戦争で現在その亀裂が表面化していますが、東西冷戦真っ只中の世界がどのようなものであったか、冷戦後に生まれた私は知りません。いや、もしかしたら当時の日本人も本当の東西冷戦を知らなかったのかもしれない。東側の人は西側に渡りたい。西側に憧れを抱くけれど飲み込まれたくはない。表向きは普通に生活していますが周囲の誰が密告者かわからない中で常に疑心暗鬼にならざるを得ない。フィクションながら、そうした東側の苦悩がこの作品から痛いほど伝わってきました。

作品には北朝鮮やベトナムから来た留学生も登場しますが、北朝鮮の学生が眞山に言い放ちます。― 俺は国の音楽界を背負ってここに来ている。何も考えずに日本から来た甘っちょろい奴とはわけが違う― よくある陳腐な台詞かもしれませんが、実際にそうだったのだと思います。

 少しミステリー的な要素もありながら、この小説では東側で生きるということ、そしてどんな状況でも人を惹きつける音楽の力を描いています。また丹念に東ドイツの背景知識や歴史が描かれているおかげで、複雑で馴染みがないはずの世界観にすんなりと入ることができます。そして細かい情景描写により、行ったことがないはずのドレスデンをはじめとする街の風景が目の前に浮かんでくるような感覚を覚えました。音楽が好きな方は、ぜひ小説に出てくる曲を調べて聴きながら、ゆったりと楽しんでほしい作品です。

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