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バッハ エピソード39 パウル・クレーの「ポリフォニー」
バッハの曲はジャンルを超えて多くの芸術家たちの創造力を刺激し、例えば美術の分野にも影響を与えました。対位法(ポリフォニー)※を絵で表現したのが、パウル・クレーです。
※対位法(ポリフォニー)とは、複数の独立した声部(パート)からなる音楽のこと。一つの声部しかないモノフォニーの対義語として、多声音楽を意味します。
芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、目に見えないものを見えるようにするものである。
パウル・クレーってどんな人?
パウル・クレーは、1879年、スイスの首都ベルン郊外の小さな町に生まれました。
父親はドイツ国籍の音楽教師。母親はフランス出身のスイス人声楽家。また、クレーには三つ年上の姉がいました。
家族はクレーが1歳の誕生日を迎えるころベルン市内に移住し、高等学校を卒業するまで、クレーはこの美しい中世都市で過ごします。幼い頃から絵を描くことに熱心だったクレーは、小学校入学と同時にヴァイオリンも習いはじめ、11歳の時にはベルン市管弦楽団の非常勤楽団員になるほどでした。ちなみにクレーは画家になったあとも、生涯、ヴァイオリンを弾き続けました。
第一次対戦後、ドイツ・バウハウスの指導者になります。バウハウス退職後にはデュッセルドルフの美術学校の教授をしていましたが、1933年のナチス政権の成立とともに世界は第二次世界大戦の様相を見せ始めます。ナチスの弾圧によって、美術学校は休職扱い、さらには家宅捜索やドイツ国内の銀行口座の凍結もされてしまいます。そこでクレーは、危険を感じて生まれ故郷のスイス・ベルンに亡命。経済的な困難さが生じた上、皮膚硬化症という病気とも戦い、60歳で亡くなりました。最期まで画家としての創作活動に励み、たくさんの作品を遺しています。
休暇は、いい影響を残している。私は全身芸術に満ち溢れている。バッハを幾度も弾くことで、また認識が深まった。バッハをこんなに強烈に感じ取ったことも、バッハとこんなに一体になったことも初めてだ。なんという潜心、なんと孤独な究極の恵み!
この日記から、クレーが第一次世界大戦の休暇中に演奏していたのは、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタかパルティータであろうと言われています。これらの曲はヴァイオリン一挺で対位法的書法の音楽を演奏するもので、重音奏法もあり、複数の旋律が同時に聴こえるように弾かなくてはなりません。まさに「ポリフォニー」を体感することができたのではないでしょうか。
ポリフォニー絵画
プロのヴァイオリニストとしても活動し、バッハ通だったクレーは、デュッセルドルフの美術学校の教授をしていた1931-1933年に音の響きを視覚化した「ポリフォニー絵画」と呼ぶ作品を連作しています。
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四角く区切られた背景と点描を思わせる丸の色が混ざり合い、多声効果を出しています。繊細な色彩と構成は複数の旋律が同時に重なり合うポリフォニーのようなリズムを刻んでいます。遠くから見ても近くから見ても、美しい色合いで穏やかな気持ちになります。
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こちらは何層もの色面を重ねて描かれ、重奏の視覚化が試みられた点描画の代表作「パルナッソスへ 」。パルナッソスとはギリシャ神話でアポロン、ミューズの居住地とされている山で、創造の女神ミューズへの捧げものとして描かれた意を含んでいます。輝く光のグラデーションが山の神秘性を感じさせます。
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音色を絵画にしたアーティスト、パウル・クレー。
愛知県美術館にて2025年1月18日~3月16日、兵庫県立美術館にて2025年3月29日~5月25日の会期で展覧会があります。今回は「ポリフォニー」はありませんが、公式サイトを見ると、音楽的な素晴らしい作品がありました。お近くの方はこの機会に行ってみてはいかがでしょうか。
おまけ:2月22日「猫の日」にちなんで
幼い頃から、クレーにとって猫は家族の一員でした。この人懐こい長毛の白猫はビンボと呼ばれ、可愛がられていたそうです。
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