
J.J.クヴァンツ 特別記念コンサート
2024年、前田りり子先生の全6回にわたる『【Online講座】クヴァンツのフルート奏法を読む』というオンライン講座が行われ、2025年1月に、この講座の集大成として、特別記念コンサートも開催されました。
J.J.クヴァンツってどんな人?
ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773年)は、18世紀のドイツの名フルート演奏家で作曲家。フリードリヒ大王のフルート教師として有名です。
クヴァンツは鍛冶屋の息子として生まれましたが、10歳の時に父が亡くなったため、楽師の叔父に引き取られ、ヴァイオリン、オーボエ、チェンバロなどの楽器を学びます。1718年(21歳)には、ドレスデンとワルシャワの両都市で活動していた、ポーランド王兼ザクセン選帝侯アウグスト3世の楽団のオーボエ奏者となりますが、翌年1719年(22歳)、新しい楽器として注目を浴び始めたフルートを、フランスの最高名手であるビュファルダンに勧められて学び、フルート奏者として歩み始めました。パリでの演奏会では、フルートのヴィルトゥオーソであるミッシェル・ブラヴェ(1700-1768年)にも出会い、交流を結んでいます。
その後、1723年(26歳)にイタリアへ留学、1724年(29歳)のロンドン旅行ではヘンデルに会い、大変気に入られてロンドンに留まることを勧められますが、1727年(30歳)にドレスデンに戻ります。
1728年(31歳)、フリードリヒ2世のフルート教師として年に2回、数週間の訪問を始めます。1741年(44歳)にフリードリヒ2世が王位に就くと、専属宮廷音楽家として仕え、宮廷で演奏と作曲を続けました。
1752年(55歳)には、「フルート奏法試論」を著述しました。当時の音楽スタイルやフルートの演奏法などをまとめた教本として、現在でも読まれています。

エピソード1 ブラボーの特権
クヴァンツは、フリードリヒ大王に「ブラボー!」と言ってもよいただ一人でした。周りの人々は、大王のご機嫌取りの言葉として絶対言ってはならなかったのです。フリードリヒ大王が間違えた場合、クヴァンツは咳払いをします。フリードリヒ大王は、自分が間違えたところを正し、クヴァンツが「ブラボー!」と言うまで、何も言わずに何度も練習したそうです。
エピソード2 楽師長と同じ給料
クヴァンツは、フリードリヒ大王のフルート教師という立場でしたが、宮廷音楽家の中の一番偉い立場である楽師長と同じ給料をもらっていました。
300曲を超えるフルート協奏曲、約200曲のフルートを含む室内楽曲や無伴奏曲を作曲していますが、1曲作曲するたびに、特別の謝礼金をもらっていたそうです。宮廷には、大バッハの次男である第2チェンバロ奏者兼作曲家のC.P.E.バッハ(1714-1788年)も仕えていましたが、彼は、クヴァンツの約3分の1のお給料だったとか。クヴァンツは本当に特別厚遇だったんですね。
エピソード3 J.S.バッハはクヴァンツを研究?
J.S.バッハのソナタ 変ホ長調 BWV1031と、クヴァンツのフルートとヴァイオリンのためのトリオ・ソナタ 変ホ長調 Qv2:18は、とても似ている部分が多く、バッハがクヴァンツの楽譜を取り寄せて、真似たものではないかという説があるそうです。
1947年、J.S.バッハは、息子C.P.E.バッハの子供に会いにベルリンへ出向いた時、すぐに宮廷に呼ばれます。フリードリヒ大王と会い、その場で演奏のテーマをいただいて、即興演奏してみせますが、6声についての即興演奏も求められ、それは流石にできないので、宿題として持ち帰り、翌年「音楽の捧げもの」と題した曲として、大王に献呈しました。
その際、フリードリヒ大王に気に入っていただけるよう、クヴァンツの曲を事前に入手し、研究していたのではという説なのです。この説は、研究者たちの間で結論は出ていませんが、実際に聴いてみると、確かに似ているので、なるほどそうかもしれないなあと想像を膨らませました。

今回はクヴァンツの色々なエピソードに関する語りも交えての楽しい演奏会でした。何よりも前田先生の音色は柔らかく、まあるいのです。尖ったところがなく、本当に気持ちの良い音色でした。そして、今回の講座のまとめとして、クヴァンツがこの「フルート奏法試論」という本を出版した理由は、イタリアのオペラやパリの舞曲のよいところをとった最先端の音楽がベルリンにあるということを言いたかったのではないかとおっしゃっていました。
それにしてもクヴァンツの曲はどれも難しいものばかりなのですが、フリードリヒ大王は、1日のうち4時間は音楽を研究、練習、演奏して過ごしただけに、素晴らしい腕前だったと推察できますね。
私もとうとうクヴァンツの本を購入しました。バロック音楽を学ぶにあたって、自由な装飾や、カデンツァについては大変参考になるところが多い本だと思います。
<プログラム>
1) J.J.クヴァンツ ソナタ ト長調 QV 1:180
2) J.J.クヴァンツフルートとヴァイオリンのためのトリオ・ソナタ
変ホ長調 QV 2:18
3) J.S.バッハ? ソナタ 変ホ長調 BWV1031/H.545
4) J.J.クヴァンツ編纂「カプリス」より
5) J.J.クヴァンツソナタ ト短調 QV 1:116
6) J.J.クヴァンツ フルートとヴァイオリンのためのトリオ・ソナタ
ホ短調 QV 2:21
<演奏者プロフィール>
前田りり子(バロック・フルート)
モダン・フルートを小出信也氏に師事。桐朋学園大学古楽器科を経てオランダのデン・ハーグ王立音楽院の大学院を修了。バロック・フルートを有田正広、バルトルド・クイケンのに両氏師事。
1996年、山梨古楽コンクールにて第1位入賞。1999年、ブルージュ国際古楽コンクールで第2位入賞。バッハ・コレギウム・ジャパン、リベラ・クラシカ、ソフィオ・アルモニコ、メネストレッロなどの古楽団体のメンバーとして中世から 19世紀までのフルートを駆使して演奏・レコーディング活動をしている。また2006年には単行本「フルートの肖像」を東京書籍より出版。東京藝術大学非常勤講師。
高岸卓人(バロック・ヴァイオリン)
滋賀県彦根市出身。東京藝術大学大学院、オランダのデン・ハーグ王立音楽院を修了。東京藝術大学卒業時に同声会賞を受賞。平成27年度滋賀県次世代文化賞を受賞。クフモ室内楽音楽祭などに参加。これまでにヴァイオリンを福田みどり、戸澤哲夫、野口千代光の各氏に、バロックヴァイオリンを若松夏美、寺神戸亮の各氏に師事。バッハ・コレギウム・ジャパンなどの公演に出演。アルベリ弦楽四重奏団メンバー。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団団員。
懸田貴嗣(バロック・チェロ)
東京芸術大学院修了後、ミラノ市立音楽院で学ぶ。伊ボンポルティ国際古楽コンクールで第1位・聴衆賞を受賞。バッハ・コレギウム・ジャパン、リクレアツィオン・ダルカディア、ラ・ヴェネシアーナのメンバーとして世界各地の音楽祭に招かれている。これまでエマ・カークビー、ミカラ・ペトリ、エンリコ・オノフリなど多くの著名なソリストと共演している。横浜シンフォニエッタ、アンサンブル of トウキョウはじめモダン楽器の分野でも活躍している。CD「ランゼッティ/チェロ・ソナタ集」で文化庁芸術祭優秀賞受賞。下田国際音楽コンクール、国際古楽コンクールの審査員を歴任。昨秋リリースの「コスタンツィ/チェロ・ソナタ集」は朝日新聞等メディアでも話題となった。
上尾直毅(チェンバロ)
東京藝術大学器楽科ピアノ専攻卒業。卒業年に山梨の第6回古楽コンクール旋律楽器部門で「通奏低音賞」を受賞する。卒業後オランダに渡り、チェンバロとフォルテピアノを学びそれぞれソリストディプロマを得て卒業。オランダではデン・ハーグ王立音楽院古楽器科の伴奏員、オランダ室内管弦楽団のチェンバロ奏者などを勤めた。現在、国内を中心に活動している。雑司ヶ谷「拝鈍亭」にて2012年から行ってきたハイドンの「鍵盤独奏作品全曲演奏会」と「ピアノトリオ全曲演奏会」
をそれぞれ2021年、2023年に完結した。2021年にアカデミア・ミュージック社から刊行された教則本「通奏低音の練習」は高い評価を得て絶賛発売中。


今回の演奏会は、会場である霞町音楽堂が主催の古楽シリーズの第1弾として企画されたものです。フライヤーの裏面には、古楽について、少しでも身近に感じていただけたらということで、<古楽の窓>というコラムが設けられ、作曲家のエピソードも紹介されています。2025年5月には第2弾としてマラン・マレのコンサートがあります。こちらもまたご紹介させていただきます。
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