演奏を上手く聴かせるコツ その1
上手いピアノ演奏とは、どういうものを言うのか、どう弾くと上手く聴こえるのか、という点を考察してみる。
言わずもがな、テクニックは高いに越したことはないし、幅広い表現力も、当然上手く聴かせる必須要素だ。しかしそれらは一朝一夕に身につくものではないし、弛まず練習することでのみ上達するのは、誰もが知っている。今回は、それぞれが既に持っているレベル内で、どういった点に着眼すると、その曲を最も上手く聴かせられるか、という部分を掘り下げてみる。
まず、ミスタッチゼロの演奏というのは、ある程度の複雑さを超えると不可能である。どんなプロだってミスタッチはある。CDの演奏だけを聴いていると、プロは完璧に演奏出来るものなのだ、と思う人もいるかもしれないが、実際の演奏会に何度も足を運べば、CDの演奏はあくまでCDだから可能なのだということが分かる。コンサートに行く余裕がないという場合には、ライブ版の演奏を聴いてみると、同様に納得出来るはず。
けれども、素晴らしい演奏は、ミスタッチが多少あろうとも、ちっとも気にならない。よほど意地悪な聴き方をしない限り、どこにミスタッチがあったかなんて覚えていないし、気づかないことも多い。プロはミスのカバーが上手いということもあるけれども、多少のミスがあってもそれを上回る魅力があるということだ。些細なミスタッチなどは、そこまで演奏を損なう要素ではないのだと推察出来る。
そもそもテクニック的に完全無欠だったとしても、機械のような完璧さを人が認識出来るのか、という点も不明である。従って、100%のところ60%くらいだと、さすがにミスが目立って上手くは聴こえないと思うが、96%か、98%か、というレベルになってくると、ミスタッチ以外の要素が、演奏の上手さに関わってくると思う。
では具体的に、演奏会でピアノ独奏する場合、どこに着目すると上手く聴かせられるか、という部分。それはその曲の特徴、個性をしっかり把握することだ。どう弾くと最も魅力が増すかを、論理的に考え作戦を練る。これは演奏、そして練習する際の、重要要素の優先順位を付けるということだ。
アーティキュレーションをはっきり弾くことで良さが際立つ曲、テンポ・ルバートでこそ魅力を醸し出す曲、逆にテンポを揺らさず冷徹に弾くことで威力を発揮する曲、ダイナミクスを最大限利用したい曲、軽やかさこそが魅力の曲。トリルひとつとっても、常に最大限詰め込むのではなく、ゆったりしたトリルこそが効果的な場合だってある。それぞれの音楽の個性を徹底的に研究するのだ。
これは、個人の骨格や雰囲気に合わせて、ファッションを選ぶ感覚と似ているのではないかと思う。どれ程質の良いものでも、その人に合っていなければ、ちっとも格好良くは見えない。ぴったり合ってこそ、人も服装も魅力的に見えるのだ。
だから、その曲が何を求めているのかを研究することが大事なのだ。例えばショパンのノクターンを弾く場合、メトロノームのように演奏したら、大抵おかしな演奏になる。それは、この曲が無理矢理似合わない服を着せられた状態になるからである。滑らかな美しさを表現したいところに、ゴツゴツしたスタッカートを打ち込んだりするのも、せっかくの優美な個性を損ねてしまう。逆にカプースチンのエチュードだったら、むやみにテンポを操作すると滑稽な感じに聞こえてしまう。はっきりとしたタッチの鋭さこそが、曲の個性を際立たせる。
何から何まで完璧に演奏するというのは不可能である。だから、その曲で、その部分で、最も重要なことを、優先順位を付けて表現する。多少のミスタッチは覚悟で、一寸の狂いもないリズムを刻むことを優先したい部分。テンポにはそこまで縛られず、優美なメロディを存分に主張したい部分。内声を浮き立たせるために、細心の力のコントロールに意識を集中させたい部分。歯切れ良いスタッカートにこだわって聴かせたい部分。その曲で、その部分で、最も必要なことを優先させる。例えそれ以外の要素を少し犠牲にしてでも。
新しく大量のテクニックを身につけなくても、自分の持っている技術をどう最大限利用するかというやり方だ。いくら優れたテクニックや表現力があっても、使う場所や使い方が不適切だと、少しも上手くは聴こえない。これは勿体無い。宝の持ち腐れになる。お洒落に着こなすために、膨大な洋服が必要な訳ではない。自分に合った厳選したアイテムを上手く利用すれば、素敵な着こなしが可能だ。ハノンでしらみ潰しにテクニックを磨くのも無駄ではないけれども、その使用法こそが演奏の上手さに直結する。
もし、完全独学で、それがどういう性格の曲なのか、何を優先させるべき曲なのか分からないという場合は、数多くのプロの演奏を聴くか、一度だけでも先生に見てもらうと納得出来ることが多いかと思う。レッスンを受ける時の注意点は、こういったジャンルや時代の曲はあまり弾けないし得意でもない、という先生もいるので、レッスンを予約する際に、自分の練習している曲に対してその先生から的確なアドバイスが貰えるかどうかを確認することである。
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