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ピアノ伴奏の心得

 クラシック音楽でピアノ伴奏をする際、覚えておいて損はしないコツのようなものがある。

 伴奏というものは、一見ソロで弾くよりテクニックが不要で、ソロピアニストになり損ねたピアノ奏者が、生活のためやむなくやっているようなイメージがあるかもしれないが、そんなことはない。そもそもソロピアニストとアンサンブルピアニストでは、要求されるものが結構異なる。そして能力や性格上の向き不向きのようなものが存在する。

 では伴奏ピアニストにはどんなことが要求されるのかというと、ソリストの演奏がより素晴らしく引き立つように、全体を客観的に聴いて、バランスを取りつつ、計算して演奏する器用さである。本当に上手い伴奏者は、下手なソリストの演奏が上手く聴こえてしまうくらいの能力があるのだ。

 具体的にどんなことが必要かというと、まず、仮にソリストが間違って、リピートを抜かした、なぜかワープした、いきなりコーダに突っ込んだ、という事態が発生しても、修正不可能と判断すれば即座に合わせる。ソリストを支えることを使命とするのだ。大事なのは、例えソリストが間違ったとしても、それが聴いている人に分からないようにすることだ。

 そして伴奏ピアノは決して出しゃばらないが、だからと言って控えめ過ぎても面白くない。その絶妙なバランス感覚が、非常に大切だ。楽器を演奏しながら聴く音と、客席から聴く音は異なるので、常に客性側の耳を持っていなくてはいけない。ピアノの高音は、弾いている本人が感じる以上にかなり通るので、計算と経験が必要である。

 また、ソリストと呼吸を合わせる能力が要求されるのは言うまでもない。声楽や管弦楽器は、奏者により微妙に呼吸の癖が違うので、それを敏感に感じとる必要がある。伴奏ピアニストにとって、ここが醍醐味ではないかと思う。そして腕の見せどころでもある。rit. や accel. なども、同じ曲でも奏者により少しずつ違う。ぴったり合った時の気持ち良さは、伴奏者の特権だ。

 伴奏テクニック的な部分で言うと、演奏をより魅力的に聴かせるコツがある。曲が盛り上がっていくとき、ソリストが先にcresc. し、伴奏は少し遅れて後から盛り上げてる。逆にdecresc. の場合は、伴奏が先に音量を下げる。これはかなり効果的に使える技である。また、鋭角的な演奏には同じように鋭く、柔和な演奏には同じように柔らかい音で、ソリストに合わせるのも重要だ。伴奏者の好みは関係なく、むしろどんなスタイルでも合わせられるというのが大事で、伴奏者としての力量が問われる部分だ。

 お互いプロフェッショナルであれば、リハーサル1回で後は本番ということもある。伴奏者はいかに短時間で、ソリストの魅力を探り出し、呼吸を重ね合わせ、要求に応えるかにプライドを持っている。伴奏というのは結構な職人技なのだ。確かに技巧の面だけで見ると、ソロピアニストのような超絶技巧はそれ程必要ない。代わりにどんな音楽にでも合わせられる柔軟性、臨機応変さ、広い音楽知識、経験値なんかが必要だ。

 クラシックコンサートで注目を浴びるのはソリストだが、伴奏者は引き立て役に喜びを感じていたりする。機会があればピアノ伴奏にも注目してみてほしい。音楽に詳しくなくても、見た目だけでも楽しめる。伴奏者は絶対にソリストより派手な格好はしない。大抵は黒だ。お辞儀する時も、あくまでソリストを立てる。後からステージに出てきて、演奏終了後も後に戻る。たまに、アンコールでソロを披露してくれる伴奏者もいる。それが思いの外上手かったりする。

 こんな風に目立たず引き立て役に徹する伴奏ピアニストだが、金銭的な部分では必ずしも損をしている訳ではない。仮に演奏会が赤字でソリストが損をしても、大抵伴奏者にはソリストからギャラが支払われるので、ただ働きということはない。

 伴奏は経験がものを言うので、伴奏ピアニスト狙いの場合は、片っ端から伴奏を引き受けて、どんな楽器にも対応できるようにしておくと良いんじゃないかと思う。

 

 

 

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