#110 ベッカ・スティーヴンス『メイプル・トゥ・ペーパー』
ベッカ・スティーヴィンス『メイプル・トゥ・ペーパー』
むきだしの肉声で生々しく歌っていく。1曲目の《ナウ・フィールズ・ビガー・ザン・ザ・パスト》が流れたとたん、70年代が鮮明に蘇ってきた。今回の新作は、全曲ギターの弾き語り。実際にライヴ方式で録音されたという。そして、ベッカ・スティーヴンスがソングライティングからプロデュース、アレンジ、エンジニアまで全てを初めてひとりで務めている。
最初聴きながら、怒りに近い感情が伝わってくるなと思ったら、制作のインスピレーションになったのが母や、彼女の良き理解者で共作者でもあったデヴィッド・クロスビーの死といった深い悲しみ、さらにミュージシャンにとって死活問題であるストリーミングの実態などだという。前述した《ナウ・フィールズ・ビガー・ザン・ザ・パスト》では母の死で受けた尽きない悲しみを歌い、その歌詞に母と娘の絆が感じられて強く胸に迫りくる。作曲は、悲しみを癒すためのプロセスだったようだが、その一方で、娘さんの誕生という人生最大の歓びも経験した。そういったさまざまなことから曲は生まれたようだ。
これまでに凄腕のブラッド・メルドーやスナーキー・パピーといったジャズアーティストとも共演しているけれど、そのルーツは、アパラチアン・フォークにあるという。その影響を色濃く感じさせるのがギター。もともとギター演奏に定評のある人ではあるけれど、弾き語りにイメージする爪弾くというより、弦を力強く弾く音に生命が宿っている感じさえする。加えて、これはどうやって出しているの?と思うような不思議で、魅力的な音色も聴かせてくれる。
そして、ギターと同じような生命力が12曲目の《ペイン・トゥ・ビー・アパート》の最後に聞こえる、子供の元気溌剌な声からも感じられる。愛する人の死が制作の動機になったようだけれど、悲嘆から見出した希望が伝わってくるようで元気を受け取れる。そして、13曲目は唯一(日本盤ボーナストラックを除いて)のカヴァーである《レインボウ・コネクション》。この選曲、編成も素敵だ。
服部のり子
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?