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富士登山地獄備忘録 2012 ⑥

いざ、8号目へ


頂上最悪っていう恐ろしい噂が聞こえてきたけど、
下山するなんてことは全く考えてなかったように思う。

考える脳の余裕がゼロやったんかな…。
とにかく行かなきゃ、みたいな感じ。

雨は相変わらずザーザー降り、悪天候にも関わらず、
他にも登山客が結構いたのでなんとかなるかと思い。いざ、進む。

正直、8号目からの記憶はあんまりないのです。
もう寒いのと震えるのと疲労でよくわからなかった。
何回も書いてるけど、本当にロボ。
何も考えることのできない、ロボットみたいに登る。無心。

岩山みたいなところが出てくる。
何が楽しくて雨で全身びしょ濡れになりながら空気の薄いところで
強風に晒されながら濡れた危ない岩なんか登らなあかんねん…。
ズルっと滑りそうになるたびにハジメちゃんが助けてくれた。

「綾ちゃん、9号目だぞー!」ハジメちゃんが教えてくれる。
「ほへ…9、9の次は何号目?」
「笑、9号目の次は頂上だよ!」

ちょ、頂上?!マジで?
ほんの少し、やる気が出てきた。

登る。歩く。無心。雨で首元が濡れて水が入ってくる。
ゴアテックス仕様のハットもびしょ濡れで、
定期的にハットを傾けて水をジャバーっと落とさないといけないストレス。そうしないと前が見えない。

足は相変わらずぐしょぐしょ。
こりゃー風邪ひくなんてもんじゃないだろうな…。

そして、鳥居が見えた。おおお!!ゴール?
え、まだ?ま、紛らわしく鳥居立てんでよ…怒。
また鳥居。いくつか鳥居。

すると、人口的に作られた道が。
山道なんかにある丸太で作られたあの道。人がワラワラいる…。

あれ、これってもしかして…
「頂上だ!着いたー!」

ハジメちゃんが教えてくれたけど、イメージする頂上とは全く違った。
そりゃあこの天気で頂上に着いた途端に晴れ…。
なんてことは考えてなかったけどさ。

安堵したのもつかの間、周りを見渡すと。
真っ暗で灰色で台風のような気候。景色なんて全くわからない。
とにかく強風がものすごい。

多くの人が各所で固まって震えていた。
エマージェンシーシートに頭の先からすっぽりくるまっている人。
遠くから見てもガタガタ震えているのがわかる人達。

団体で来た人達はちょっと盛り上がっていたけど、
こんな状況でそんなにギャーギャー言うなよ、ばか、とか
心の優しさメーターゼロのわたしは考えた。

そうだ、先に行ったみんなは?何処にいる?
ハジメちゃんと軽く歩き回って探すが、全然わからない。
頼りのシーバーも全く反応なし。

どうしよう。身体の異変に気付く。震えが止まらない。
今までに味わったことのない震え。
よく小さい頃はプールで冷えると唇が紫になって
カチカチと歯が鳴っていたけど、あれのスーパー酷いバージョン。

震えでしゃべれない。ほんとに、アガガガガガガガ…って感じ。
もう、必死。膝も震えて手も震えて生まれて始めての恐怖。
ああ~これヤバイな。死ぬかも?
ちょっと家の人に連絡した方がいいかなあ。
ヘリコプターで誰か迎えに来て…とか脳内を巡る。

ダメ元で風を防ごうとポンチョを被るけど効果なし。
風が少しマシになる建物のそばへ。
ハジメちゃんは寒いと言いつつも冷静にザックから着替えを出して
行動している。こういう人が生き残るんや…。

わたしも…と思ったけどザックカバーなしだったので、
中にいれた服はただの水を吸った重い布になっていた。
死にかけた身体にムチ打つ仕打ち。なんだこの鬼罰ゲーム。

建物は山小屋。ガラスのカーテンの隙間から見ると、
暖かい部屋で談笑している人達。

ああ…いいなあ…でも、憎い。
なんでこんな台風の中…楽しそうにしているんだよ…助けて、助けてよ。TASUKETE。
お札を貼られた幽霊ってこんな気持ち?

ハジメちゃんがわたしの肩や背中をこすって暖めてくれる。
泣きそうだけど、寒過ぎて涙すら出ない。ひたすら震えるだけ。

震える動かない指で、唯一濡れなかったカイロを貼ってみる。
こ、効果なし。

隣でも大学生くらいの青年2人組が話しあっている。
ただ、1人はわたしと同じガチガチ震えてどうすることもできないでいる。
もう1人はどうしたらいいか、おい、降りるか?なんて話しており。

他にも、居所がわからない女の人の名前を呼ぶ引率のような人。
ここにいても、無駄だ。
ハジメちゃんと話して、降りてみようと試みる。

よし。
少し階段を下りると。さらにパワーアップした強風。
顔に上から下から打ち付ける雨。下から雨ってあるうう??

「全然ダメだ、戻ろう」
ハジメちゃんが判断してまた頂上へ。
とてもじゃないけど降りれたものではなかった。
どうしよう。ほんとに死ぬかも。

ハジメちゃんが山小屋をチェックしてくれたけど、
そこには同じことを考えた大勢の人達が詰めかけていた。入れない。

ふたたび、お札を貼られた幽霊状態。
呆然としていると、近くの食堂が一時スペース提供してくれているという!
ハジメちゃんがスーパー情報を仕入れた!
やはり天才か。

ボロボロ幽霊、生命の味噌汁を飲む


藁をもすがる思いで食堂へ並ぶ。
まだまだ震えは止まらない。
食堂のお兄さんの仕切りがすごい。

「はい~出る人が先ですよ、ほら、勝手に入って来ないで!」
おお。
「ここは救援所でも避難所でもありません。食堂です。
だから1人1品頼んで下さい。食べたらすぐに出て行って下さい」
おおお。
「団体でも個人でも、今日みたいな日は登っちゃいけません!
事故になります!死にますよ!」
おおおお!

の、登っちゃいけないよね…そ、そりゃそーだ。
すごい時に登ってしまったと、途中からじんわりと察していたけれど、
改めてよく登れたなあと怖くなった。し、死ぬよね。やっぱり。

食堂は海の家的な雑魚寝のできそうなスペースに
ブルーシートが敷いてある。
富士山お土産グッズもたくさんある。見たいけど余裕はない。

向かいに小学生くらいの男の子がいる。父親と来たようだ。
鼻水を垂らしながらガタガタ震えていて、ぼーっとしている。
大丈夫か?さすがに子どもと一緒でこの天候はやめようぜ、バカ親父…。

「はい、濡れないようにザックは下ろして、
雨具は脱いで畳んで邪魔にならないように置いて!」

完璧な指示出し…この人制作やったら優秀だろうなとか考える。
顔が、特に鼻が日に焼けている。山の人だ。

ハジメちゃんにチアノーゼが出ていると指摘される。唇が紫のやつ。
小さい頃にもなったな~と思いつつ、
鼻水がずっと出ていることが気になっていた。しかも両穴から出てるわ。
小学生と同じ。わたしは手袋代わりに軍手をしていたのだけど、
すでにびっしょり。でも仕方なしにそれで鼻を拭った。
黒い灰も鼻についた。もう身なりはどうでもいい。

さて、注文。メニューは限られており、
みそラーメン、醤油ラーメン、お味噌汁、紅茶、コーヒー。
それぞれに挙手する人達。ハジメちゃんはみそラーメン、
わたしはお味噌汁を注文。みそラーメンは900円、お味噌汁は500円。

お味噌汁をすする。
赤だしに近いワカメと少しのお麩が入ったインスタント味噌汁。
お、お、美味しい…あったかい。
飲むと暖かい要素が減るのでしばらく手を暖めた。

ハジメちゃんが手を暖めてくれた。神様。大明神。後光が射しているよ。
みそラーメンも食べてなんとかなるかなと思ったけれど、
震えはまだ続いていた。ガチガチ。

ふいに外を見ると明るくなっている。5時くらい?
ここにずっといても仕方が無い。まだ歩けるうちに下山しよう。

新しい軍手を購入。また濡れるけれど、一瞬でも乾いた軍手をしたかった。
富士山という印字入り。普段なら絶対に買わない…。(失礼だぞ)

よし、気合い。お味噌汁とみそラーメンパワーが出たか?
ヘリコプターも一生来ないもん、自分の脚で降りるしかない!
あともう少し!行くぜ…

つづく。

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