見出し画像

バンド活動の中身、ほとんど業務連絡

伊勢丹新宿周辺の狭い歩道を歩いていると、向かいから三十がらみの男女が並んで歩いて来る。風体から察するに不動産会社の営業ではないかと思われる。男のほうが上司で女のほうが部下らしい。男はタメ口、女は敬語で話していた。

男からも女からも「ぜってぇに譲らねぇから」という強い意志を感じた。何を譲らないのか。道である。すごく良いと思う。強い。かっこいい。ぜひあなたがたに道を譲ってあげたい。けれども残念なことに、私にはその選択肢が用意されていない。なぜなら二人並んで歩くのがやっとの狭い道だからだ。あなたがたのどちらかが避けなければ我々は衝突を免れない。

二人に揺さぶりをかけてみよう。まず男のほうに体を向けて道を譲ってくれそうか探りを入れた。見込みがなさそうだ。女のほうはどうだろう。こちらもすでに意志は固まっているようだ。はたして我々は失敗したぷよぷよのようにだらしなく体をぶつけあったのであった。

二人は自分たちのどちらかが道を譲らなければならないという事態そのものに苛立ちを覚えていたようで、その怒りを私への体当たりとして表現したのだと思われる。二人の間で「タフであれ」という価値観が共有されていたために、どちらも引くに引けなかったのではないかと予想する。他人の身体との接触を不快に感じつつも、沽券や面子といった無用のものに振り回されて不合理な行動を取ってしまう私たち人類のままならなさに憐憫の情を抱かずにはいられなかった。

ときに今から15年前のこと。大学の新入生の頃にバンドサークルを探していて知り合った吉田くんから4年ぶりに「今バンドやってんだけど、スタジオ入ってみない?」という内容のメールが届いた。留年が決まり、人生も煮詰まっていた時期で、迫りくる厳しい現実から少しでも逃げ出したかった私は、気晴らしになればと考えて、今はなきゲートウェイスタジオ高田馬場フェイズ店に向かった。ちょうど2月のことだったと記憶している。

当日、約束の10分前にはスタジオに到着していたと思う。こうしたシチュエーションでは早めに集合するのが当然だと考えて行動したまでのことだ。しかし、時間になっても吉田くんもメンバーらしき人も現れない。はたして時間通りに行動したのは私だけだったようだ。

顔合わせとなる最初のスタジオに遅れてやって来るのは心証が悪い。呼び出しておいて失礼じゃないか。別に名の知れたバンドのオーディションを自発的に受けに来たわけではないのだ。いくらこちらが馬の骨だといえども、トリプルファイヤーと名乗る得体の知れないバンドに待たされる義理はない。

四十近くにもなり、こうして人の振る舞いを一般常識に照らして解釈できるようになったが、当時はうぶでナイーブな学生だっただけでなく、すべてがうまくいかず不全感に打ちひしがれており、基本的に間違っているのは自分のほうだと考える癖がついていたから、時間通りに行動した自分をクソ真面目で融通が利かないつまらない奴だと解釈していた可能性もある。いずれにせよ、初回がこうなのだから一事が万事ずっとこの調子だったのは言うまでもない。その後、何年にもわたってメンバーの遅刻癖に悩まされる未来を暗示する、もとい明示する出来事であった。

ここから先は

3,946字
noteの仕様で自動更新(毎月1日)になっています。面白いと思っていただけたのならご継続いただけると幸いです。

日記と夢日記

¥500 / 月

月に4本の更新を目標としています。音楽、映画、ドラマ、本の感想、バンド活動のこと、身の回りのこと、考えたことなど。

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?