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空飛ぶだんごとジンギスカン
JRのポイントを貯め、ランダムに行き先が決まる新幹線のチケットを手に入れた。私が引き当てた行き先は岩手県一ノ関駅であった。行き先が一ノ関と決まってから知ったのだが、これは大変魅力的なチケットで、一度降りるともう乗ることはできないものの必ずしも一ノ関で下車しなければならないわけではなく、その手前であれば例えば仙台などの駅でも下車してよいとのことだった。
仙台かぁ......。車も運転出来ない私が一人で一関市をうろうろできるとも思えず、仙台で降りてしまった方が駅の周りを電車や徒歩で散策できそうな気がする。ただ仙台は夫が何年も前からアニメの聖地巡礼に訪れたいと言っていた場所であり、それを生返事で聞き流していた身としては、いくらチケットが手に入ったからといって自分一人で行ってしまうのは気が引けた。一ノ関かぁ......。中学生の頃修学旅行で数日訪れたくらいで、これまでずっと東北地方とは縁のない生活を送っていたので、このランダムに決められた行き先に御縁を感じて身を任せてみるのも面白そうだと思い直した。
サウナ好き達の間では、「討ち入り」してきた、と言えば、岩手県の某サウナに行ってきた、ということなんだそうだ。その某サウナというのが一ノ関にある古戦場だった。討ち入りしてきた方々の感想を読みながら、いつか自分も行ってみたいなあと思ってはいたが、その機会が突然やってきたことに気づく。本当はいくつものサウナ巡りをしたいところだったが、日帰り弾丸旅行であることと、分かってはいたが岩手県が思っていた以上に広く大きかったことで、車無しの身には古戦場一箇所が限界だった。調べてみると館内着はないようで、食事処はあるが、お風呂に入ってご飯を食べて休憩してまた入って、などとゆっくり過ごせる施設なのかどうかは未知数だ。しかしそこまで運行本数も多くないバスで移動する私としては、帰りの新幹線が待つ一ノ関駅からはあまり遠く離れることはできない。メインの予定は古戦場への討ち入りとし、古戦場のオープン前の時間に厳美渓という景勝地を訪れることにした。
朝8時半に一ノ関駅に到着し、厳美渓に向かうバスの乗り場に向かう。こんな平日の朝だからバスはガラガラだろうと踏んでいたら、10人くらいの列ができていて驚いた。厳美渓に向かうと思われる人も何人かいて、私のすぐ横の席に座った台湾親子もそのようだった。なぜ台湾からの観光客だとわかったかというと、中国語は私の守備範囲だからである。お父さんと小学生くらいの息子をぼんやり眺めながら、この二人日本は何回目なんだろう、私も数日前に初めて知った厳美渓に行くなんてすごいな〜と感心した。
厳美渓を知らなかった私は当然このことも知らなかったわけだが、この渓谷には美しい景色だけでなく美味しいだんごがあるという。そしてそのだんごは注文すると空を飛んでくるそうなのだ。
厳美渓に到着するとすでにある一角に人だかりができていた。空飛ぶだんごの仕組みはこうだ。カゴに食べたい分のだんごのお金をいれて、木槌でカンカンと音を鳴らして店主に注文完了を知らせる。そうすると店主がスルスルとロープを引っ張ってカゴを対岸のだんご屋まで手繰り寄せ、だんごとお茶を入れてこちら側に送ってくれるのである。
平日の朝からカゴの前にすでに人だかりができていることにまたも驚きながら、私は遠慮がちに後ろの方で順番を待った。お金とだんごのやりとりを見るのは面白かったので、他のお客さんの注文もわくわくしながら眺める。そしてあの台湾人親子にだんごが届いた時、私はカゴを見てあっ!と驚いてしまった。カゴに小さな日本国旗と台湾国旗が並べて飾られていたからである。
なんで台湾からのお客さんってわかったんだろう......!対岸のだんご屋にいる店主の様子はこちらから豆粒ほどにしか見えず、当然店主からこちらも同じはずだ。服の色や体格から日本人ではないと判断したにしても、広いアジアの中で台湾人と決めつけるのはあまりにリスキーな気がした。と同時に、今回は大当たりだったこの粋な演出に、物静かな台湾親子よりも私の方が嬉しくて自分の手柄かのように得意げな笑みをこぼしてしまう。思わず、実は店主にはこちらの様子が見えて声も聞こえているのでは、とドキドキしてしまったが、真相はわからないままだった。どういうカラクリなのか知りたいような気もするし、知らないままでいたいような気もした。
因みに私はだんご一箱を注文したが、お茶が二つ入っていた。青い空のもと涼しげに流れる水を眺めながら、やっぱりこちらが何人なのかははっきり見えていないんだろうなあ、と答えの出ない疑問と格闘したのだった。
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面白いだけでなくしっかり美味しかっただんごのおかげで無事満足のいく朝食を終えた私は、次の目的地である古戦場に向かった。いよいよ討ち入りである。
施設はバスを降りるとすぐ目の前にあり、入り口からすでに独特な雰囲気を醸し出していてワクワクした。
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なるほど、中は確かに食事処も休憩処もあって、ゆっくりできるがこじんまりしたつくりだった。受付のお姉さんがお風呂とご飯の後にまたお風呂に入っても問題ないと教えてくれたので、安心して浴室に向かう。
さっそく髪と体を洗おうとしたら、洗い場に、毛染め禁止の文句と、染めた者には一万円の罰金、染めた者を見つけて報告した者には五千円の報奨金がある旨が書かれているのを見つけた。これが適用された実例は過去にあるんだろうか。思わずきょろきょろ周りを見回してしまう。ユニークな注意書きの他にも貼り紙は多く、お風呂や水風呂の横の壁には、温冷交代浴の効果や炭酸風呂の効能などが書かれた紙が所狭しと貼ってあった。効果効能の説明書きを読むのが趣味の私には最高の環境である。
サウナ室もまたこじんまりとしていたが、セルフロウリュでしっかり熱くできるタイプだった。自分の腕に浮かぶ汗を眺めながらぼーっと入っていると、一緒に入っていた地元の方から、「すみません、ドアきちんと閉めてもらえますか」と言われてしまった。自分がやられたら一番嫌なことをやってしまった!飛び上がって戸を閉める。それにしても、ドア閉めてもらえますか、のたった一言にしっかり岩手訛りを感じて、岩手にやってきた実感に心の中でニヤニヤしてしまった。
地下水を汲み上げたという水風呂はいつまでも入っていたい気持ちよさだった。東京では消毒のにおいを感じながら水道水に浸かるのが当たり前なので、感動してしまう。
ところで、サウナ好き達の間ではサ飯という概念があり、サウナ後に心身満たされた状態で食べるご飯が重要視されている。私も例外ではなく、サウナ後に何を食べれば自分の幸福度がさらに増幅するのかについて毎回頭を悩ませている。
古戦場の人気ナンバーワンメニューは広東麺とのことでとても惹かれたが、何か岩手らしいものを食べたい気持ちが強かった。なにしろ帰りの時間の都合上、私にとってだんごを除いて食べられるご飯は昼ご飯の一食のみだからである。岩手に行くなら本場のじゃじゃ麺だ〜と意気込んでいたが、じゃじゃ麺は盛岡のものだということで、同じ岩手でも一ノ関にはほとんど店が見当たらないのが印象的だった。岩手はとにかく広いのだ。メニューをめくっていると、ふとジンギスカン定食が目に留まった。先ほどまで一ノ関らしさにこだわろうとしていたことをすっかり忘れて、私はジンギスカンを注文した。
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一人で肉と向かい合い、一枚一枚噛み締めながら食べる。サウナ好きの俳優さんがあるラジオのゲストに来た際に、温泉旅行には皆んな行くのにサウナ旅行に行くというと驚かれる、そこにしかないサウナと水風呂があるんだから温泉旅行と同じなのにね、という話をしていたのを思い出す。「そうなんですよね〜」心の中で大きく相槌を打ちながら肉を焼く。
この後ゆっくり休憩してお腹を落ち着かせた後は、もう一度ダメ押しのお風呂とサウナに入って一ノ関駅に向かうのだ。ジュー、ジュー、バチッ。勢いよく油を飛ばしながら焼ける肉と戦いながら、それにしても今日はよく晴れてよかったな、などとすでに1日を振り返り始めていた。その地域にしかないこだわりのサウナや水風呂を求めてもっともっと旅がしたい。