てっぱちが助けてと言えるキャプテンであること、そしてヤクルトが助けてと言えるチームであること
優勝を決めたあの日、私はバックネット裏から、バックスクリーンに映し出されたてっぱちが泣き崩れそうになっているのを見て、また泣いた。でもその時点では私はまだ、てっぱちが本当に抱えていたものを知らなかった。どれほどの思いで今年、そこに立ち続けていたのか、まだ知らなかった。
翌日、むねちゃんの手記を読んだ。そこには、こう書かれていた。
てっぱちが本当に抱えていたもの。そのしんどさ、苦しさ、重たさ。それは、私の想像以上だった。でもその上でてっぱちが持った本物の、勇気と強さを私は、